「鷹の首」を得るには何人の裏切り者が必要か。ラメセス3世暗殺と、「後宮陰謀パピルス」のあらまし

ラメセス3世は、第20王朝の王。「最後の偉大なファラオ」と呼ばれる人物で、古代エジプト栄光の時代はここで一度、事実上の終焉を迎える。(以降の王たちは短命で、対外遠征や大規模な記念物の建造など目立つ業績が無い)

偉大だったラメセス2世に憧れ、自らの即位名や息子たちの名前をラメセス2世に倣って付けるというガチ勢っぷりを示すものの、第19王朝から直接的な血縁関係は無いと考えられている。父がラメセス2世の外戚か、大量にいただろう孫たちの一人だった可能性はあるが、先祖の血統を示す証拠が無いので、あっても薄いつながりだったのだと思う。

そんな彼は、憧れた大王の一生とは裏腹に、治世三十年か三十一年、テーベで行われる大祭のさなかに暗殺されたことになっている。
近年まで、実際に暗殺されたのか、暗殺の企てだけで終わったのか議論が別れていたが、ミイラの再調査によって喉に大きな傷が残されていることが分かった。そのため、現在では「暗殺は成功していた」というのが主流の説になっている。

ラメセス3世陛下のご遺体を調べたら暗殺された証拠が出てきたらしい
https://55096962.at.webry.info/201212/article_14.html

で、その暗殺事件の裁判記録が残っているのだが、ふと「王の暗殺ってどうやるんだろう」とか余計なことが気になってしまい、改めて読み直してみた。

以下は、その裁判記録をメモがわりに翻訳してみたものである。
人物名をエジプト語っぽいカナ表記に直すのがちょっと難しかったので、そのへんは適当。けっこうな人数が陰謀に加担していたようだし、そもそも最初に挙げられている裁判官たちのうち何人かが容疑者に懐柔されて最後で裁かれさるあたり、根が深いというか、起きるべくして起きた陰謀なんだな…という感じがする。


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後宮陰謀パピルス
http://www.faculty.umb.edu/gary_zabel/Courses/Phil%20281b/Philosophy%20of%20Magic/Arcana/Neoplatonism/judicial_turin_papyrus.htm


■12人の裁判官の紹介

「白い家」の監督者、Mentemtowe メンテムトゥウェ(?) 
「白い家」の監督者、Pefroi ピフロイ
旗手 Kara カラ
執事 Pebes ピベス
執事 Kedendenna ケデンデナ(?)
執事 Maharbaal マハルバール 
執事 Payernu パヤレヌゥ(?)
執事 Thutrekhnefer トゥトレクネフェル
王の先触れ Penrenut ペンレヌト
書記  Mai マイ
記録書記 Peremhab ペレムハブ
歩兵の旗手 Hori ホリ

※「白い家」=上エジプトで徴収された納税物などを収蔵する集積庫のこと。下エジプトの場合は「赤い家」
※マハルバールはバアル神の名前入ってるので、明らかにアジア名
※末尾で、この中からも三人、刑罰を受けた者が出ている


■裁かれている罪人たち


宮廷の主事(?) chief of the chamber
Pebekkame ペベクアメン

一番初めに名前が来ているので、たぶん首謀者。
ティイやハーレムの女たちと共謀して人々を煽った
別の資料だと「食糧庫の管理人」になっていた。

執事
Mesedsure メセドスラー

ペベクアメンと共謀して王への敵対心を煽り立てた。

※メセドスラーは「ラー神が彼を憎む」の意味。
罪人の名前は明らかに偽名(縁起の悪い名前)に変更されている。
"イム"が本名かは不明


ハーレムの監督監
Peynok ペイノク
Pendua ペンドゥア

ペベクアメンやメセドスラーと共謀した

ハーレムの監督監

Petewnteamon ペテウンテアメン
Kerpes ケルペス
Khamopet カムオペト
Khammale カムマレ
Setimperthoth セティムパートート
Setimperamon セティムパーアメン

罪人たちがハレムの女たちと話し合ったことを報告しなかった


執事
Weren ウェレン

ペペクアメンの言葉を聞いていながら報告しかった


ベペクアメンの従者
Eshehebsed エセヘブセド

ペペクアメンの言葉を聞いていながら報告しかった


「白い家」の書記
Peluka ペルッカ

ペベクアメンの言葉を聞いていながら報告しかった

※「ルッカ」の民に属するという意味。「海の民」の一部としてエジプトに来襲しそのまま住み着いた


執事、リビア人
Yenini イェニーニ

ペベクアメンの言葉を聞いていながら報告しかった


ルマの息子ペレ
「白い家」の監督官
罪人Penhuibinと共謀した。


ヌビアの弓兵隊長 captain of archers in Nubi
Binemwese ビネムワセト

ハーレムにいた彼の妹からの手紙を受け取った。
手紙は、反乱を促すような内容だった。

※名前は「テーベ(ワセト)の悪人」という意味で、これも名前変えられている




以下の罪人たちは、自ら刑罰を課すように(自殺するように)委ねられた者たち。
ペベクアメン、ペイス、ペンタウェレ(王子)と共謀した

軍の司令官 ペイス
神殿の書記 メスイ
首長 ペレカメネフ
セクメト神殿(?)の監督官 イロイ
執事 ネブゼファイ
神殿書庫の書記 シェドメセル

以下も自殺させられたと思しき人々

Kedendemia
Maharbaal
Pirsun 
Thutrekhnefer
Mertusamon 


Pentewere ペンタウェレ
母ティイやハーレムの女たちと共謀し、企てを起こした。
自ら命を絶った。


執事
Henutenamon ヘヌトアメン

ハレムの監督官
Pere ペレ

ハーレムの女たちの企てを報告しなかった。
自ら命を絶った。


ペイスとともに女たちの酒宴に招かれ、懐柔され、正しい証言をせず、偽証しようとした者たちは鼻と耳を削がれた。

元執事ピベス
彼は自ら命を絶った

元書記マイ
元歩兵将校ティナクト Teynakhte
元警察隊長オネーニー Oneney

※ピベスとマイは最初に名前の上がっている12人の裁判官の中にいるため、その後、不適切な酒宴に参加して処罰対象にされたと思われる

悪口や暴言を吐いて解雇されたが、罰は受けなかった者
元旗手のホリ

※このホリも最初の12人の中にいる一人と同一かもしれない



彼らは蝋人形を使い呪術を行った。
ペベクアメンはラー神の許さなかった悪行を行おうとし、それが明らかになると自ら命を絶った。

牧場の管理者ペンフイブンが王に対し魔法を行う、蝋で刻んだ人形を使って人々の悪意を駆り立てた。彼は処刑された。


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「処刑された」と名言されている人は少なく、どういう刑罰を受けたのかはっきり書かれていない。
また、王がどのように殺されたのかも記載されていない。現代感覚からすると随分とふんわりした裁判記録に思えるだろうが、「文字は神聖なもの」であり、「書いた事実は固定されてしまう」とする、古代エジプトならではの潔癖症な概念が背景にある。

重罪人の名前をわざわざ縁起の悪い名前に変更して記録しているのも、「記録された名前は永遠のものとなってしまう」からであり、「クソどもの名など忘却の彼方に消え去り、魂とともに永遠に朽ち果てよ!!」ということなのだ。
いわば、裁判記録自体が呪詛みたいなものなんである。

「自ら命を絶った」とふんわり書かれている場所も、まさか古代エジプトに切腹とか自害とか日本みたいな作法があったとは思えないので、目の前に首吊縄を用意して「首を入れてぶら下がれ」と後ろから槍で突くとか、なにかそういう自殺強要みたいなことをしたんじゃないかという気がする。
そして、重罪人から順番に書かれていて、比較的軽い罪の人々が「自殺することを許された」なのだということは、重罪人は、死ぬよりも辛い罪を与えられたはずなのだ。


それにしても、名前が挙げられているだけでも数十人。後宮の女たちまで入れると、一体どれだけの人々がこの陰謀に加担したのだろう。
ラメセス3世の治世末期は、内政がグダグダになり、王家の谷の墓作り職人がストライキを起こすほどだったようだが、よほど王権が弱体化していたんだろうな…と思わざるを得ない。