過酷なヘレニズム大奥を生き抜くためには。エジプト女王、アルシノエ二世の人生とその後

アルシノエ二世とは、プトレマイオス朝の二世代め、プトレマイオス二世の実の姉にして妻であった人物だ。
アレクサンドロス大王亡き後のヘレニズム世界で繰り広げられた、後継者たちの争いーーディアドコイ戦争と、その直後の時代を生きていた。
そして、プトレマイオス朝で初めて、兄弟姉妹婚をした人物でもある。

…そう、のちに最後の女王、クレオパトラ七世で有名になる風習は、実はこの女性が最初だったのだ。

彼女と、弟であるプトレマイオス二世は、なぜ実の姉弟での結婚を選択し、しかもそれを国内外でのアピールに使ったのか。
その結婚を聖なるものとし、神格化することでどんな効果を狙ったのか。

それが、アルシノエ二世の生涯や、時代背景などとともに考察されている本である。

アルシノエ二世 :ヘレニズム世界の王族女性と結婚 - エリザベス・ドネリー・カーニー, 森谷公俊
アルシノエ二世 :ヘレニズム世界の王族女性と結婚 - エリザベス・ドネリー・カーニー, 森谷公俊

データとしてのプトレマイオス二世
http://www.moonover.jp/bekkan/chorono/farao_ptr_02.htm

アレキサンドリアが壮麗な都市になったのは、この王の時代。
また、「エリュトラー海案内記」に登場する紅海沿岸の港ベレニケが作られた時代だったり、カルタゴ支援に象騎兵出してたりと結構いろんなとこで他の地域の歴史と絡んでくる。そもそもアルシノエが嫁いでいった地域がキプロスやマケドニアなので、それらの地域も絡んでくる。ディアドコイ戦争終盤の歴史を、一人の女性の視点から見直す、という意味でも面白いかもしれない。


また、プトレマイオス朝といえば骨肉の争いが多く、やたらと親子兄弟で殺し合っているが、その伝統もアルシノエ二世の時代に始まっている。彼女の母は宮廷内では地位が低めで、当初は後宮で肩身の狭い思いをしていたのではないかとされる。もうひとりの母から生まれた年長のプトレマイオス(エジプトの王位は継げなかった)がおり、そちらの兄弟とは敵対関係だっただろうとされる。
ヘレニズム大奥、と言っているのは、王が複数の妻を持ち、その妻たちが互いに競い合っていて、栄光と没落が紙一重の状況が見て取れるからだ。相手より少しでも優位に立ち、チャンスがあれば蹴落とさなければ生き残れない世界。

それでいて、アルシノエは晩年には、実の弟との血の繋がりを使って王家の神格化に一役買うのだから皮肉めいている。

実の姉弟での結婚は、エジプト神話のイシスとオシリスの神話になぞらえたもの、とエジプト本では解説されていることが多い。しかしこれはギリシャ人にとっても馴染みのあるもので、ヘラとゼウスでもあるのだという。また、普通の人たちのしないことを敢えてやってこそ国王、というような感覚もあったらしい。
聖なる夫婦は、そのようにして、エジプトにいる土着人とギリシャ人、その他大勢の移民に対するイメージ戦略として大いに喧伝された、という。


たぶんこれは、当時の、地中海世界に面したアレキサンドリアのような大都市の雰囲気を想像しなければ分からない部分だと思うのだ。
現代で言うなら、ニューヨーカーやパリっ子、ロンドン市民のような、特定の場所に存在する一種独特の空気感とでも言うべきか。プトレマイオス二世は、アルシノエの死後も再婚せず、彼女を神格化したままに留め置いたという。イメージ戦略としては成功していたのだろう。

なんか、なんていうか、…でも、40過ぎて再再婚で実の弟は、やっぱ…ちょっとぼく分からないです…。


(´・ω・`)<再婚で29歳お姉ちゃんと19歳弟くらいならアリだったかなって…
(´・ω・`)<薄い本として…