知名度は低めの北海道の先住民と海洋の民、オホーツク文化展にいってきた

アイヌは有名だけど、アイヌと別系統で北海道にいたオホーツク人って知名度低いよね…。
昔は資料探してもぜんっぜんなくて、途方にくれてたもんですよ…。
それが今や展覧会もあるしカタログも手に入るんですよ、いい世の中になりました。

http://www.eurasia.city.yokohama.jp/exhibitions/

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さて、オホーツク文化とは何か、というと、北海道を含む樺太や千島列島の海沿いに広く展開された大陸寄りの文化。船の現物は残っていないが、海を渡って樺太などとやり取りしていたこと、海産物の利用が多かったことから、海洋文化、と言ってもいい。
もともと北海道にいた縄文人たちとは別に、あとから北海道東部に渡ってきて、海のそばに暮らしていた。

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北海道の他の地域になぜ広がらなかったかというと、おそらく、のちにアイヌ文化の担い手となる先住の縄文人たちがいたからだろうと思う。
あと彼らの生活スタイル的に、今のカナダやアラスカのエスキモーに似ているため、海獣の狩りやすい場所が良かったのかも。


アイヌ文化は縄文文化からある程度繋がっているが、移住してきた彼らの文化はぜんぜん系統が別なので、年表にいきなり差し込まれるような形で表現される。
というより、縄文文化が変化した擦文文化と、このオホーツク文化が融合したものがアイヌ文化なのだと思われる。

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展示で面白いのは、土器がめっちゃテキトーで日本で作られたものと似ても似つかないこと、意匠にアザラシなど海獣がよく出てくること。そしてアイヌ文化として有名な熊送りの儀式の原型が、出土品の中に既にあるということ。大量に集められたクマの頭蓋骨はなかなかに壮観だし、アザラシの牙を削って作られたクマ像はとてもかわいい。あとシャケくわえたクマらしきものもあって、ちょっとフフっとなった。北海道のあの木彫りの最も古いスタイル、と言えるかもしれない。

季節ごとの主食はこんな感じだ。本州の縄文時代の人たちとも全然違う。(弥生時代に入ると稲作を始めるので、もっと違う)

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クジラを狩るためには集団でかからなければならないし、道具も必要。集団の結束は大事だったんだろうな…と思った。
銛などの道具も会場では必見。また、クジラの椎骨から作ったという巨大な器や、肩甲骨を削り出したという巨大なヘラなど、他の文化圏ではあまり見ない道具もあった。木製品はあまり残っていないらしい。

骨を器用に加工する技術は、シベリアでマンモス狩っていた人々や、アラスカのエスキモーたちが得意としていたもので、一部似ている道具もあったのが興味深かった。


なお、北海道では11世紀頃には早々に擦文文化の影響下に置かれてしまうオホーツク文化だが、大陸に近いところではもう少し先まで命脈を保っていたらしい。

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日本人視点だと「かつて北海道にいた人たち」という感じだが、本来の文化圏はシベリアと深いつながりがある。
彼らについては、おそらく、「東アジア沿岸文明」という感じで、大陸まで含めた視点で考えるのがいいのだと思う。