古代エジプト人、あまり子供のミイラは作らない。子供どうしてたんだろう? って思ったけど、そもそも大人も…

古代エジプト人は、あまり子供のミイラは作っていなかった。

というより、古代世界全般に言えることなのだが、乳幼児死亡率がとても高い世界では、いちいち子供の墓とか作ってらんないわけである。
チリのチンチョーロのように、例外的に乳幼児に特別な埋葬をする文化圏もあったけれど、それだって何十日もかけて墓を掘ったり、塚を築いたり、副葬品を作ったりする葬送儀礼ではない。「●歳までは神様のもの」と認識して、亡くなってしまったらあの世へ戻ったと認識するとか、「●歳までは名前をつけない」として死んでもあまり悲しまないようにするとか、そういう対応をしてきた文化圏が多い。かつての日本もその一つだ。

古代エジプトのミイラ造りはとても手間のかかるもので、簡易化される時代になってからもコストのかかる埋葬法だったから、そりゃ、次々生まれては次々死んでしまう子供のために、いちいちやってられないわけである。

では、子供が亡くなってしまったらどうしていたのか。というのを考えて居たとき、気づいてしまったことがあるーー


 古代エジプトの墓は、再利用の確率がとても高い。

つまり、町の近くにあるほぼ全ての墓が、紀元前数千年の古代から「再利用」され続けて今に至るため、過去のどこかのタイミングで、昔の人の遺体が破棄されてしまっているのではないか。


エジプトは、国土の中で住める部分がとても少ない国である。
ナイル川の岸辺に人口の90%以上が集中する。(残りはオアシスなど飛び地に住んでいる)
近代でこそ、紅海沿岸やスエズ運河沿いに人がバラけているものの、古代世界においては、ほぼナイル川の岸辺だけが居住可能な地域だっただろう。

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当然、文明の初期から町はずっと同じ場所にあるし、墓地に使える土地も変わらない。
人口の増減によって多少、町が大きくなったり、小さくなったりするくらいでしかない。とすれば、墓を作るにも場所に不足するのは当然のことで、古代人の掘った墓穴があれば、そこを何千年もご先祖様に専有させておくわけにもいかない。ある程度の期間が経てば、次の子孫にそこを使わせてもらわねばならない。

これは、日本のお寺で定期的に古いお墓をどけて処分しているのと同じだと思う。江戸時代の墓がそのまんま残ってる寺なんて、そうそうないはずだ。家系の絶えた古い墓石は退けられて、新しくその場所にお墓が建てられる。エジプトのお墓だって同じだ。新王国時代のお墓に末期王朝時代のミイラが入ってる、なんてのはよくあるパターンだが、千年近く経過していれば罪悪感もへったくれもないだろうし、中身だってそれなりに朽ちていたはずなのだ。ヘタすれば土塊になって何も残っていない。

そうして、町の近くの一般庶民たちのお墓はずっと繰り返し再利用され続け、結果的に、ミイラにされなかった「一般庶民」の遺体の痕跡はすべて消えてしまっているのではないかと思うのだ。ミイラにされて、しかも滅多に再利用されることのないようなヘンピなところに埋葬された運のいい遺体の一部が残っているだけなのだ。


ミイラ化されなかった子供たちの遺体が、どんな風に埋葬されていたのか、今は知る手がかりがほとんど無い。
けれどきっと、人間の感情は、他の文化圏とそう違わなかっただろうと想像したい。