家畜化された馬の起源論争、ついに決着か。現代に繋がる主流の馬の起源地が特定される

ここまでの喧々諤々の論争をちょこちょこ見てきた身としては、長い道のりだったが綺麗に着地したな…という感がある。
様々な研究によって張られた謎と伏線が収まるべきところに収まったので、この結論は、自分的には、今後もそう大きくブレないだろうなという気がしている。

元論文
The origins and spread of domestic horses from the Western Eurasian steppes
https://www.nature.com/articles/s41586-021-04018-9


今回の研究では、紀元前5万年から200年の間の、273頭の馬のDNA情報を分析している。つまりは野生ウマから家畜ウマまで系統を辿るという検証の仕方だ。それによると、紀元前2,000年までのウマは地域差が大きいが、紀元前2,000年を数百年遡るあたりから急激に遺伝子の均一化が始まることが分かった、というのだ。

つまり、ウマの飼育下の試みは複数地域で行われていた可能性があるかもしれないが、それらの系統を塗り替えていった「現代における飼育ウマの起源地」は一つで、それが、ヴォルガ・ドン川下流地域だ、ということになる。

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ここに至るまでの前研究として知っておくべきものがこれ。

野生馬、実は絶滅していた!というニュース→元ソースの本題は「馬飼育の歴史が想定と違う」
https://55096962.at.webry.info/201803/article_2.html

飼育馬の起源地、アナトリア説も否定されさらに分からなくなる
https://55096962.at.webry.info/202009/article_16.html


かつては単発の遺跡を見て「この遺跡のほうが古いから最古だろう」とか「こっちのほうが最古なのでは」という議論がされていた。その中で有力視されていたのが論文中でも出てくるボタイ遺跡だったが、ボタイのウマの骨から検出されたDNA情報では、実は現代馬に繋がる主要な祖先ではなかったことが判明してしまった。

そして、その後の研究によって、各地の遺伝子のバラバラな地域色の大きい馬集団に、後から連れてこられた馬が掛け合わされて急速に世界中に広まっていったらしい、ということが分かってきていた。


・2010年頃からDNAを使った分析方法が考案される
 各地の遺跡から出た馬の骨の分析から、地域ごとにかなり遺伝差があり「実は起源地は一つではないのでは」という説が出る

・しかし雄の遺伝子はわりと均一。
 このことから、雄の種馬が各地に拡散して、地元の雌馬を孕ませて家畜として殖やされたのではという説が出る

 ↓↓

<今回追加分>

紀元前2,000年頃に、よそから連れてこられた馬が各地の馬と交配して、現代の馬の系統を作ったと結論づけられた。
その馬の起源地が今回で特定された。




つまり、馬の飼育化の試みが各地で同時並行で行われていたのは正しかったのだが、現代まで繋がる主流を生み出した起源地は一つに絞られた、ということなのだ。なので、紀元前5,000年の遺跡から出た馬の骨も、もしかしたら飼育の試みがされたウマの一部だったかもしれないが、そのウマたちは、大々的に世界に広がることが無かったのだ。

また、飼育馬という種が確立されたのは、以前から有力視されていた4,000年前という年代に落ち着いた。かなり急速にユーラシア大陸の東西に広まっていったようだが、この要因が何なのかについては今後の人類史とのすり合わせが必要だろう。少なくとも、以前から考えられていた騎馬民族の台頭やヤムナヤ文化、インド・ヨーロッパ語族の移住とは、時期がズレているので関係なさそうだ。


というわけなので、馬飼育の歴史とか、人とウマの関わりとかの本を執筆中の人は、加筆修正が必要そうですね。オツカレサマデス。
まあ、細かい分析手法まで論評できるほど詳しくはないんだけど、自分はこの結論に納得した。古代オリエント世界にウマが登場するのは紀元前2,000年頃からなので、それを大きく遡ることはないと思ってたしね。


あと個人的な考えとして、紀元前2,000年以前に行われた馬の家畜化の試みは、肉や毛皮を得るためのもので、必ずしも移動や乗り物の牽引のためではなかったのではないか、と思う。だから各地域ごとに小規模に飼いならすくらいで、世界的な家畜にはならなかったのだろうと。

けれど紀元前2,000年以降では、馬は、戦車や荷車を引かせるための強力な「道具」となっていった。とくに戦車の牽引は、青銅器時代の戦争を根本から覆す「兵器」になったのが大きかったなと。もしかしたら、今回判明した起源地のウマが広まった理由は、ウマに労働をさせる技術と同時に家畜化出来たことが決定的な要因なのではないか、とも思う。