ニワトリはいつから西洋呪術に使われるようになったのか。飼育と呪術の歴史を考えてみる

アテネの広場だった場所の地下から、古代ギリシャの呪いのツボが発見された、という記事があった。
ツボに書かれているのは呪詛対象の人物名で、なんと55人ぶんも名前が書かれており、さらに砕かれたニワトリの頭部や足の骨が入っていたという。

2,300-Year-Old Curse Jar Found In Athens Agora
https://archaeologynewsnetwork.blogspot.com/2021/06/2300-year-old-curse-jar-found-in-athens.html

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古代ギリシャ人はおまじないの類が好きだったらしく、この手の呪詛グッズはいろいろ見つかっているのだが、ふと疑問に思ったのは、なぜニワトリが使われるのか ということだ。手近な生き物でなんでもいいなら、別にネズミだってかまわない。わざわざニワトリを殺すのはなぜなのか。というか、ギリシャだけでなく、ヨーロッパの呪術でニワトリを使っているものが多いのはなぜなのか。

古代世界においては、ニワトリは外来の鳥である。
原産地はアジアからインドにかけての地域で、ヤケイが飼いならされたものだと言われている。インド経由でメソポタミアに入り、はじめてエジプトまで到達するのが第18王朝の頃。しかしこの時、ニワトリはエジプトに定着しなかった。あくまで「珍しい鳥」止まりだったのである。


今年は酉年だよ! というわけで古代エジプトの鶏について語ろう
https://55096962.at.webry.info/201701/article_1.html

古代エジプト・メソポタミアでニワトリ飼育が遅れた理由は「伝来したのが食用ニワトリじゃなかった」可能性
https://55096962.at.webry.info/201706/article_24.html


エジプトでもメソポタミアでも、最初に持ち込まれたニワトリは定着せず、一般的にならないまま終わってしまう。食糧として、一般的な家畜として定着する確実な時期はペルシアの台頭する時期だ。ギリシャに持ち込まれて一般化するのもおそらくそう時代はズレていないだろう。
ここでは、紀元前500年ごろ、とざっくり時代を仮定する。
今回の呪いのツボは紀元前300年ごろだから、それから数百年のうちに「ニワトリが一般化して、呪術に使われるようになる」という文化が誕生したことになる。

ここで疑問となるのは、
「二ワトリ伝来以前は、別の鳥を使っていたのか。それともこの呪術はニワトリに特化したものなのか」
というところだ。

ニワトリ以外に別の鳥を使っていて、それらよりニワトリのほうがお手軽だからとなって置き換えられたのであれば、ニワトリ伝来以前には別の鳥の骨が呪術グッズと一緒に見つかっていなければならない。しかし今回調べてみた範囲では、そうしたものが見つからなかった。

ではこの呪術はニワトリに特化したものなのか。
実はこっちのほうがありそうだなと思う。何故かというと、ニワトリは、日本などアジア圏でも呪術的な意味を付加されることの多い鳥だからだ。

たとえばこのへんとか

境界の鳥 ――ニワトリをめぐる信仰と民俗――
https://kokubunken.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=3610&item_no=1&page_id=13&block_id=21

日本語では、ニワトリは「ときを作る」と表現される。
その高らかな叫び声で闇を払い朝を迎えることから、神聖な鳥とされたのだ。
しかし別の文化圏では、ときを作る雄たけびは不吉なものととられたかもしれない。

朝を告げるとか、闇を払うとかいう感性も、そもそもが太陽信仰のある文化圏ならではの発想だろう。太陽信仰が弱いとか、最高神が太陽じゃないとかの文化圏では、取り方が違っていた可能性もあると思う。

古代ギリシャはそれほど詳しくないのだが、もしも、ニワトリを使った呪術がニワトリの一般化と同時に起こった現象だったらとても興味深いなと思う。



※なお、現代のユダヤ人の多くはニワトリを捧げものとして使っているが、実は旧約聖書ではニワトリは「食べていい」とも「いけない」とも書かれていない。鶏卵を利用している形跡もない。そのため、たまに「ニワトリはコーシャ(イスラム教でいうハラルと同じ、許可された食べ物)なのか?」という疑問が出されることがある。
旧約聖書の成立した時代には、ニワトリは知られていても食糧としてまだそれほど一般的では無かった可能性はあると思う。