親方! 畑の中からこんなものが!! エジプト、農夫がファラオの碑文を見つけ出す

日本だと農夫が見つけ出すのは金印だけど、エジプトだと石碑が出てきます。
(たまに神殿や石像も出てくる)

今回は、古代エジプト第26王朝、アプリエス王の碑文が畑から出てきたらしいです。

Farmer discovers 2,600-year-old stone slab from Egyptian pharaoh
https://www.livescience.com/farmer-finds-ancient-egypt-stela.html

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イスマイリヤって言ってるので、スエズ運河の紅海側の出口付近ですね。
この王朝はナイル下流のサイスに首都を置いてたので、勢力圏内。特に意外性はないけど、そこも畑作っちゃったんだ…という感じ。

サイス
https://en.wikipedia.org/wiki/Sais,_Egypt

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イスマイリヤ
https://en.wikipedia.org/wiki/Ismailia

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この発見の面白いところは、「ここに畑出来たんだ?」みたいなところだと思います。
石碑出てきたってことは、たぶんそのへんに古代の神殿や行政施設などが建てられていたんだと思いますが、今まで残ってたのは、あまり人が住んでなかったからのはずなのです。

近年はエジプトも人口が増え、川沿いだけでは収容しきれないため、どんどん砂漠の方へ郊外が広がりつつあります。イスマイリヤも近年になって大規模な開発の進んでいる地域の一つ。なので、再開発された地域での遺跡の発見をよく見かけます。

墓の中にはミイラ入ってるので、湿気は大敵。畑の作れるような水場に近い所には作らないんですが、それでも新しく水路を通して砂漠に近いところまで開拓するか、丘ごとざっくり削ったとかで、開発中の墓の発見もありますからね…。
日本でいう京都っすね…。

金細工なんかだと農夫がポッケナイナイしちゃう可能性もありますが、動かせないデカい石碑である意味良かった。状態良さそうなので運が良ければどこかの博物館に入れてもらえるのではないでしょうか。


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◎おまけ

アプリエス王でーた
http://www.moonover.jp/bekkan/chorono/farao_26th_05.htm

当時はギリシャ人の傭兵がエジプトでたくさん雇われていた時代。この王の時代に第26王朝の安定が失われ、次の代はギリシャ人傭兵にウケの良かった庶民出の王が即位するので、ある意味で歴史ターニングポイント。プトレマイオス朝の植民が始まる前に、既にエジプトには出稼ぎギリシャ人のコミュニティが多数あったということ。

歴史はとつぜん動かないのです。必ず前段があるのです。
ギリシャ人傭兵いないと戦争出来なくなってたこの時点で、エジプトはもう独立を失うフラグは立ってたのです…。(このあとペルシアに敗北→アレキサンダー登場→プトレマイオス朝成立、の流れ)