張騫が見た蜀の品と、道なきもう一つのシルクロード「西南シルクロードは密林に消える」

少し前に調べていたこと

「シルクロードを最初に辿った人間は誰なのか」。遡ってみると辿り着く先は
https://55096962.at.webry.info/202104/article_14.html

シルクロード、といえば、だいたいが草原の真ん中を突っ切るルートと、海上のルートが想定される。しかし実際には、それよりも古くからインド周りのルートが使われている。文献として残る最初のシルクロードの記録では、張騫さんがインドの向こうにあるフェルガナに到着した時には、既に現地に南周りのルートで蜀の品が届いており、中国についても知られていた。

しかし、この南周りのルートはほとんど研究されていない。
政情からしても、記録の無さや地形の厳しさからしても、研究することが難しいのだという。

――だけど資料があった。何故か冒険記という形で。

西南シルクロードは密林に消える (講談社文庫) - 高野 秀行
西南シルクロードは密林に消える (講談社文庫) - 高野 秀行

著者は、蜀(現代の成都)を出発してインドに至るルートを自分の身で確かめようとしている。なんとも無茶な企画だが、実際、やってることもかなり無茶である。ぶっちゃけ法も犯しているので、よく収監されなかったな、というところはある。

冒険記というか、なんとか生きて国境を越えるまでの決死行みたいな感じで、学術的な価値はないだろうと著者も書いている。内容的にも行き当たりばったりに破天荒、読んでて「やばくね?」ってなる内容の連続である。冒険記ってもっとこう、ワクワクするもんじゃないのかなぁ…スリル映画じゃないんだし…みたいな感じの内容である。何しろ現地で頼るのがゲリラ集団なのだ。ゲリラからゲリラの手を渡り、密林に住む現地住人たちの間を通り抜けて、道なき道を行軍していく話なのだ。

そう、西南シルクロードは、「道」ではなく「地域」だった。
そして商品は、つまり著者本人は、人から人へ、手渡しで運ばれていくのだ。

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「道」がなくても、誰か「人」さえいればモノは運ばれる。
使っている言語が異なっていても、なんとか片言でも話が出来さえすればそれで良く、商品の価値と、どこかへ届けるつもりさえあればよい。

実際、この本の行程には多種多様な人々が登場し、使う言語も、日本語に中国語、カチン語にナガ語、チベット語、英語と、実に様々だ。一行はそれらを駆使しながらなんとかやりとりをして、道なき道を進んでいく。
インドは古代から多言語国家であった。インダス文明を成立させた人々も、母語は一つではなかったという説がある。それゆえに中央政府のような強力な権限が発達せず、各都市ごとにバラバラに発展していたのだろうとも言われる。それでも、インダス文明は都市間の交易を可能にしていた。

この本の旅は、おそらく古代の人々が辿ったものと一部重なっているのだろう。数カ月という短い期間で辿ったから大変な冒険になってるだけで、あとゲリラと政府軍が対立しているから緊張感があるだけで、戦争がなく、もう少し時間をかければ、それほどヤバい旅にならなかったんじゃないかという気がする。


読んでて思ったのは、交易のための「道」というのはもしかして、中間に「人」がいないからこそ必要とされるのかもしれないと思った。
道というのは目的地に向かうために作られるものである。人がおらず、バケツリレーでモノが運べない時は、人のいない区間に道を作ってそこを飛ばしていくしかない。よく知られている、草原地帯をつっきるシルクロードがまさにそれなのだ。

だとすると、古代からずっと絶え間なく人の住み続けてきたこの西南地域の実態は、「人の繋がりによって作られた 道なきシルクロード」と呼ぶべきものなのかもしれない。