イスラエルで見つかった初期アルファベットは、原カナン文字の「ミッシング・リンク」かもしれない 

イスラエルのテル・ラシシュ(Tel Lachish)で最近見つかった、文字の書かれた陶器の破片が、エジプトからレバントへのアルファベット拡散にまつわる重要な証拠かもしれない、として記事になっていた。

Alphabet's 'missing link' possibly discovered
https://www.livescience.com/alphabet-missing-link-israel.html

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これが何故重要かというと、初期アルファベットの誕生から拡散までの間に空白が多く、いつ、どういうルートで、誰が広めたかがはっきりしていない状態だからだ。紀元前1450年頃のもの、とのことなので、ちょうど空白の時間に当てはまる証拠になる。

まず前提として、初期アルファベットの誕生から派生の系統図は、だいたいこんな感じになっている。

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図では見切れているが、最古のアルファベットはエジプトのワディ・エル・ホルで見つかった紀元前1900年ごろのもの。(第12王朝/中王国時代)
現在のイスラエルを含むシリア、パレスティナなど「レバント」地方でアルファベットが使用された証拠が多く見つかるのが、紀元前1300年頃。(第18王朝/新王国時代)。
間に挟まる第二中間期はエジプトの混乱期で、アジアからの移民による王朝、いわゆるヒクソス王朝が成立していたため、アルファベットをアジア方面に拡散させたのはヒクソスを含むアジアからの人の流れではないかという説が提唱されている。ヒクソス王朝が、一時的にイスラエル付近まで勢力を伸ばしていたことも、この説の根拠となっているようだ。

今回の証拠はちょうど、ヒクソス王朝が崩壊して百年ほどあとのものなので、時期的にもちょうどミッシング・リンクと呼べそうなところに収まっている。時代が正しければ、これはレバント地方におけるアルファベット利用の最古の証拠、になるかもしれない。

もっとも、この壷のカケラに書かれた文字はあまりに短く、人名なとである可能性もあり、意味は判別出来ないようだ。
また壷そのものから年代が測定出来ておらず、一緒に見つかった大麦の放射性炭素年代測定から判定しているようなので、もしかしたらもう少し新しい時代になるかもしれない。

今後も証拠が増えていくことを期待したい。