2xxx年、人類にとって宇宙が当たり前になったら…あの子を探して欲しい…

種の寿命が尽きなければ、人類はいつか宇宙へ出ていくだろう。

これは現時点で確信をもって言える未来である。世の中はその方向に向かって動いているし、実際、宇宙へ出て行かなければ、地球上の限りある面積や資源では種としての繁栄を続けていけそうにない。

そうなった未来、かつては最先端だった様々な「遺物」が博物館に並び、かつての宇宙へのフロンティアの入り口だった場所は、遺跡になっているに違いない。スペースシャトルは「古代」の歴史として扱われているだろうし、日本の「はやぶさ」なども間違いなく歴史の一ページを飾り、戻って来たカプセルは、紛失していなければ一級遺物として指定されているに違いない。

そして、宇宙空間を自由に行き来できるようになれば、宇宙に散らばってしまった初期人類の遺物たちも、見つけられるのではないかと思うのだ。

たとえば、ヴォイジャー。
太陽系を出て何十年も航海しているあの探査機にも、星間飛行が出来るような時代になれば簡単に追い付けるだろう。その時、人類は宇宙時代の初期に旅立った遺物を、一体どう扱うのだろうか。

しかし自分の中では、一つ、どうしても未来の人類に見つけてもらいたいものがある。
それが、日本の打ち上げた火星探査機、「のぞみ」だ。
https://www.isas.jaxa.jp/missions/spacecraft/past/nozomi.html

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火星を周回させることが出来ず、太陽の周囲を火星に近い軌道でほぼ永久に周回し続ける「人工惑星」となってしまった探査機だ。
広い広い宇宙の中、途中で隕石と衝突したとかでなければ、「のぞみ」は今も太陽のまわりを周り続けている。
現在の人類には、この探査機を発見し、追い付いて取り戻すことは困難だ。けれど未来の人類なら…宇宙に出ていくことの出来るようになった時代の技術なら、もしかしたら。

機会に感情移入してもしょうがないのだが、この探査機の最後を聞いた時は、 "永遠の孤独" というフレーズが思い浮かんだ。
人類のことだからどうせ宇宙に出ていってもくだらない理由で戦争とかするんだろうけど、もしも夜空に輝く何千万キロも先の星々に手が届くかもしれないのなら、もしも永遠にも等しい孤独の距離を埋める力を手に入れられるのなら、それは悪いことばかりの未来ではないのかもしれない。