ファラオの死因判明、なんと処刑だった!→創作部分なので実際は判りません。

ちょっとツッコむのも面倒なくらいの記事だが、相変わらず本職の人たちはロマン詐欺にだんまり決め込むので書いておこうと思う。

第二中間期末の王、セケエンラー・タア2世のミイラの改めての調査によって、過去に既に知られていたことの補足が出て来た、という話が流れていた。

3600年前のファラオの死因、先端技術でついに解明 エジプト
https://www.afpbb.com/articles/-/3332341

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だが、ミイラの調査から死の状況が完全に明らかになることは在り得ない
ミイラの非破壊の検査では外傷の有無とか明らかに判る病変とかしか拾えないため、それらと、判っている断片的な当時の政治状況などから何となく状況を推察していくことになる。

そして実際の刑事事件でもそうだが、死亡原因の特定には、死の直後の状況、遺体がどこでどのように発見されたかという情報が絶対に必要である。
たとえば頭部に傷を受けて死んだミイラがあり、武器までアタリがつき、どの角度から撃ち込まれたかが判ったとしても、死亡場所が戦場なのか王宮なのかが分からなければ、戦争によってなのか、内輪もめや陰謀によるものなのか特定は不可能なのだ。

今回の場合、目撃証言や記録は何もなく、死後に処置されたミイラと、後世に書かれた断片的な時代背景の情報だけしかない。
つまり今回の話は、ミイラから発見された事実に空想を被せてストーリーを作り上げた、いつものエジプト考古学業界の吹聴だと思って欲しい。そう、 い つ も の。

科学的に正しいかとか、十分な根拠があるかとか考慮せず、不都合な事実は無視して、とにかく耳に聞こえの良い、大衆の耳目を引きやすい方向に説を組み立てていく。前知識がないとなかなか気づけない。私はこれをロマン詐欺と呼んで嫌っている。素のままの事実で面白いものを、なんで中途半端にマズい味付けして出されにゃならんのか。そういうんじゃないんだよ、食べたいのはさ。




まず最初に言っておくと、このファラオ、セケエンラー・タア2世の死因は昔から判明している

死因としては頭部への打撃で、これはミイラを見れば一目瞭然だからだ。
今回はCTスキャンで改めてその傷を確認し、三カ所のいずれもかなり深い傷であり、どれが致命傷でもおかしくない、というところを確認したまで。また、死亡年齢が40歳前後というのも、ミイラの所見からある程度予測されていた範囲内なのでとくに目新しい指摘ではない。ミイラにする前にかなり遺体が傷んでいたようで、戦場で亡くなって葬儀場に運ばれるまで時間がかかったのでは、というのも、以前から言われていた説だ。

今回の調査では、傷の形状を詳細に調べ、それと当時使われていた武器でつくだろう傷を比較して、以前から言われていたようにヒクソス人との戦いで戦場に斃れたのだろう、という説を強化出来た、というくらいしか付け足しはされていない。基本は過去のX線写真の結果を確認している内容だ。

これがいちばん大元の論文。ここまで辿ると、過去の情報に対し追加で判ったことは多くない、と判る。おそらく最後の推定の部分に書かれた「捕虜にされていたのかもしれない」という内容を大げさに膨らませまくったのが一般に出回っている記事。
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fmed.2021.637527/full

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まず時代背景について説明すると、この王が所属するのは第17王朝で、第二中間期と呼ばれる戦国時代の末期だ。

この時代、エジプトの国には統一王朝はなく、アジア系のヒクソス人がナイル下流に第15王朝をたて、伝統的なエジプト王朝である第16、17王朝は、かつての首都であった、上流のテーベ近辺を首都として細々と王国を維持している。また、ヒクソス人の王朝とテーベの王朝の中間地点に、さらに別の勢力(アビドス王朝)が存在した可能性も、最近では示唆されている。

そんな時代、国土再統一を狙っていた第17王朝は、ついにヒクソス人の王朝に反旗を翻す。
戦いはセケエンラー・タア2世の時代の少し前に始まったと考えられている。この時代の物語は、後世の第19-20王朝の時代、サリエ・パビルスに残された「アポピスとセケエンラーの戦い」に残されている。アポピスというのがヒクソス人の王の名前、セケエンラーは今回のセケエンラー・タア2世のことだと考えられている。ただし、「2世」という名前が示すように、実はセケエンラー・タアという王は二人いる。何百年かあとの後世の伝承では、連続して即位している二人の王が混同されている可能性もあり、実際、ヒクソスとの戦いはセケエンラー・タア1世の頃にはもう始まっていた可能性がある。

テーベの第17王朝は、セケエンラー・タア2世の息子の一人と考えられるイアフメス1世の時代にどうにかヒクソス王朝を倒し、国土再統一を成し遂げる。そして、ハトシェプストやツタンカーメンといった有名な王たちの所属する、第18王朝の繁栄が始まるのである。


なお、ヒクソス人は外来人による王朝ではあるが、のちの時代の外来人王朝であるプトレマイオス朝と同じく、現地のエジプト人たちの力を借りて統治を行っていた。また積極的に婚姻関係も結び、エジプト人としての名前も名乗っている。何世代もかけてエジプトに移住してきた人々でもある。
そのため、ヒクソス王朝が倒れたあとも彼らはそのままエジプトに住み続けていたはずだ。実際、第19王朝の王たちの中には、ヒクソス人の子孫と思われる人もいる。この戦いは外来人を追い払うとか異民族に対する戦争というよりは、あくまで南北二つの王朝による、意地や名誉や伝統をかけた統治権争いなのだ。


と、いうわけで、セケエンラー・タア2世が生きていた時代はまさに戦国時代も末、ヒクソス王朝との全面戦争の真っ最中だった。
王のミイラが激しく損傷しており、頭部に深い傷を負っていることは時代背景とも一致し、王が戦争の只中に斃れたという説は昔から定説だった。

そして、この頭蓋骨の傷が、本人が起き上がっている時につけることは困難だということも以前から言われていた。
なぜなら、やわらかい臓器である脳を守るため、頭蓋骨は人間の身体の中で最も固く出来ているからだ。青銅器でふつうに頭蓋骨を殴っても、表面を削るくらいしか出来ない。それが中まで貫通しているということは、相当な力持ちが横たわっている相手の頭に思い切り振り下ろし、しかも相手は目を覚まして逃げたりできない状況にあったのだ。

今回のCTスキャンでは、その状況をあらためて再確認した内容にしかなっていない。気絶して戦場に横たわっていたか、寝ている間に暗殺されたかは分からない。はっきりしているのは、横たわっていて、意識を失っていたか身動きのとれない状況にあった時に頭部を狙われた、というところまで。
武器が特定されたとしても、昼間に戦場で死んだのか。自陣営の中で就寝中だったのか、あるいは敵地に囚われた後だったのか判らなければ、それ以上は何も言えない。

また、ミイラの手が変形していることをもって「手を縛られていたはずだ」としているが、腐敗しかかってくれば手の形は崩れるだろう。ミイラが痛んでいたという状況と、手の変形の話を絡めているのが謎だ。そもそも、この遺体はミイラにされてから何千年も経っている。死後の何千年かの間に痛んだり、包みなおされてポーズが変わってしまった例は幾つもある。死後に腕を組まされたせいで近年まで王族と間違われていたミイラとか、ハトシェプスト女王のミイラ探しの時にもあったじゃないか…。もし縛られていたとするならば、皮下出血の跡でも探さなければならないだろうが、おそらくそれはミイラ化された今となっては難しいだろう。

また、縛っていても相手に意識があれば、頭部に迷いなく致命傷を与えることは難しい。
先に言ったように、頭の骨はとても固いからだ。そして小さく丸い。意識があれば首を動かすはずで、動いている相手の頭を狙って致命傷を与えるか動きを止めさせることは、ほぼ不可能に近い。それをやるなら、失敗して相手をもっと傷だらけにしてしまうはずだ。

そう、頭はいちばん刃物で致命傷を与えづらい場所なのだ。
だからこそ人類の歴史の中で、メジャーな処刑方法の多くが首を狙って来た。

頭を潰す処刑方法なんてめったにない。首を切り落とすか、縛り首にするか。今回出て来た処刑シナリオを書いた人は、武器まで特定したのなら、まず人間の頭蓋骨と同じ固さの素材にその武器で同じ傷をつけるために、どれだけの力とどんな状況が必要かを実験してみるべきだった。

それと、腕に傷がないから捕虜になっていたと推測するのも謎理論だ。
頭を狙われた際に人間は反射的に腕を上げるので、利き腕に防衛のさいの傷がつくことが多いのは確かだ。しかし、そもそも傷を負った際に既に意識が無かったのなら、腕を縛るまでもなく、防衛のしようもない。たとえば、自陣営で毒を飲まされて暗殺されたあとで、死体が誰なのか分かりづらいように顔を切り刻まれた、というようなシナリオでも描くことは出来てしまう。
戦場に斃れていたのか、野営などで寝ている間に殺されたのか。結局は、X線で調査された過去の内容に戻ってしまうのだ。

一つだけ言えることは、敵方に捕虜になっていたなら、その死体は戻ってこない可能性が高いということだ。

講和するでもないのに、死体を返す意味があるだろうか。敵の首魁を打ち取ったなら、城門にでも吊るして放置するだろう。
ミイラが現代に存在するということは、王の死がどこで起きたことであれ、味方の手の届く場所であったことは間違いないのだ。ミイラにするまでにどれだけ時間がかかっていようとも、死体がきっちり残っているのだから…。え、まさか、死んだ王の遺体を取り戻すべくエジプト軍が奮闘し、神々の威光を借りて敵陣に乗り込んでいき輝かしい勝利を挙げた的なストーリーまで盛るんですか? まさか。

なんていうか、ストーリー作りすぎて矛盾だらけの出来の悪い推理小説でも読まされている感じでゲンナリしてしまった。
死に至るシチュエーションは完全なる「創作」であるだけでなく、小説としてもいい展開ではない。

というわけで、論文の調査結果自体はいいと思うんだが、推論として付け加えられた部分は全然ダメ。
科学的な調査から判ることと、それに対しあれこれ想像をたくましくして付け加えたストーリーは切り離される必要がある。そうでなければ、考古学は断片的な事実から証明手可能な空想物語をひねりだすだけのエセ学問になってしまう。


そして我々は常に自戒しておかなければならない。
たとえ科学的な手法を使っても、判ることは限られているのだと。

かつて「最先端」であったX線技術を使ってツタンカーメンのミイラが調査された時、頭蓋骨に陥没のあとを見つけて当時の学者たちは歓喜した。誰かが王を殺したに違いない。

けれどその後、CTスキャンが登場し、より詳細なデータが撮れるようになって判ったことは、それは死後に頭蓋骨から剥がれ落ちたもので、おそらくミイラ化の処置の際に剥がれたものだ、ということだった。王の暗殺説は幻となって消えてしまった。

技術は事実の一片を切り取る窓に過ぎない。その一片でさえ使える技術の進歩によって姿を変えていく。何が判っていることで、どこからが想像で埋めた部分なのか、区別する意識を持たなければ、流れるように変わりゆく物語にただ振り回されるばかりで、何も見えなくなってしまう。

きっと将来、CTスキャンのような技術よりさらに進んだ別の技術が登場した時、今回見つかった以上の何かが見えてくることだろう。


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本当に何回も繰り返してきたことだけれど、この手のニュースを見た時は、出来れば大元まで辿ってほしいんだ。
いくつかの真実の断片が、「もしかしたら~かもしれない」という推測になり、「xxが判明!」「定説を覆す!」「世紀の大発見」のような、お決まりのテンプレに沿って記事として作り変えられる。これは日本語の記事の前に英語の記事で既に盛られていることもよくある。

そして、エジプトの場合、記者に対して語る学者や政府関係者が、かなりのリップサービスを盛り込んできている。つまり公式から出て来る情報さえ割引いて考えなければならないのだ。

ていうか専門家でさえわりと「一般人の興味引ければそれでいいや」みたいなノリで乗っかるからな…。
友達は批判出来ないとか注目集めてる分野のほうが研究費貰いやすいとか色々あるんだろうけどツッコむところツッコんでいかないと業界が腐るだけだぞ、吉村作治氏みたいなウソ八百吹聴するダメ学者放置したあとの状況とか忘れたとは言わせないぞ。



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おまけ

同じように、過去にツッコミ入れまくった王の遺骨の検証。
当時はサラブレッドのような大型の馬がいないので、まず馬に乗ってる相手の足が狙えないんですが。まだ轡も発明されてない時代なので相手の足つかんで引きずり下ろすほうが早いぞ。

エジプト王は馬に乗ったか? セネブカイのニュースを検証してみる
https://55096962.at.webry.info/201503/article_25.html

ヒクソス王朝についての最近の研究内容。
武力によってエジプトを支配したという説はもう古いです。

ヒクソスは武力ではなく婚姻でエジプトを支配したか、ミイラの調査から判明したこと
https://55096962.at.webry.info/201904/article_9.html

この研究も引っかかっている。ヒクソス王朝は反逆者の右手を切り取って王宮に埋める呪術的な風習を採用していた。もしセケエンラー・タア2世が本当に捕虜にされていたのなら、右手が無事なのはどう解釈をつけるのか。

古代エジプトの戦争と「捕虜の右手」
https://55096962.at.webry.info/202009/article_19.html


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大元の論文から一般に目に触れる記事までの間に、情報に色んなものが付け足されて歪んでしまう現象には、たとえば最近あった「ミニキリン発見」のニュースなどがある。発育異常で脚が短いままの子供のキリン二体が見つかったというニュースが、なぜか小型の新種のキリンが誕生したかのような内容に変わってしまったという話だ。

古代エジプトの発見物の場合、そういう情報の歪みはガチで日常茶飯事なので、ん?と思ったら大元まで辿ったほうがいい。ほんとに。ものすごい勢いで盛られて出て来るから。イチジク食べたいのにゴテゴテにデコられたフルーツタルトで出されて肝心のイチジクは蜂蜜漬けのが一切れ乗ってるだけ、みたいな感じ。そういうんじゃないんだよなあ、食べたいのはさあ…。(二回目