ローマがたどり着いたブリテン島、そして撤退後「海のかなたのローマ帝国」

リモートワークが基本になると、会社帰りにぷらっと本屋に入るってことが無くなって、休みの日にガッツリ行くしかないんですよねぇ…。
というわけで、久しぶりに本屋に行って漁って来たのがこちら。増補版が出たのは5年ほど前だけど、初版が出たのはけっこう前らしい。古代ローマによるブリテン島の支配がテーマの本である。

※緑色の表紙のほうが最近出た増補版。こっちを買って来た
海のかなたのローマ帝国 増補新版――古代ローマとブリテン島 (世界歴史選書) - 南川 高志
海のかなたのローマ帝国 増補新版――古代ローマとブリテン島 (世界歴史選書) - 南川 高志

この本は、「あー言われてみればなるほどそうだよなぁ…」という視点がたくさん出て来るので面白い。

たとえば、かつては主流だった「未開のブリテン島をローマが文明化したのだ」というような見方は、現在ではあまり受け入れられていないという話。そもそもブリテン島にやってきた人々は、自分たちをローマ人と認識していたかもしれないが、ローマという概念自体があいまいで、内情からしても帝国に組み込まれた様々な地域の人たちから成り立っていたこと。移住してきたローマ人と元から現地にいた人との間は、きっちり階層化された社会ではなかったこと。

ローマの持ち込んだものが「優れて」いたという見方も少し偏っていて、持ち込まれた新しいものを現地の人が使ったからといって、単純にローマ化したとか、ローマの文明を礼賛していたわけではないだろう、という、言われてみればなるほど当たり前だなと思うような話も出て来た。これは、アメリカのものであるコカ・コーラを飲んでいるからといって、アメリカ化されたとか、アメリカの文明を礼賛しているとか言えないのと同じだ、と。

また、ローマの持ち込んだものは現地に完全に馴染んでいたわけでもなかった。少なくとも、ローマ属州ではなくなったあと、100年もすればラテン語やモザイクタイルなどは消えてしまうのだ。


…というような、「ローマ属州ブリテンとはどういう場所だったのか」、「ローマによる支配の実態はどうだったのか」という話が、この本の内容になっている。
かつて誤解されていた、もしくはかつてと概念が変わっている部分もあるようなので、おそらく、ローマン・ブリテンを昔から教養として持っているひとほど面白く読めると思う。ちなみに伝説上のアーサー王の元ネタが存在したかもしれないとされるのもローマの去った後の時代なので、アーサー王フリークの人も一読をオススメしたい。


また、この本には、実は「ローマが来る以前にブリテン島にいた人たちは、もはやケルト人とは呼ばれていない」という話も出て来る。

というか、2003年に最初の本が出たあとに、日本ケルト学会がシンポジウム開いてそこで情報共有してたって話が出て来るので、あの人たち15年以上も前に既に学問の最前線を知ってたんだよね…。なのに大多数はずっとローマ以前のブリテン島はケルト文化って言い続けてたんだから、あのさぁ…そういうとこがさぁ…みたいなモニョる気持ちになった。まぁねケルトを標榜して活動してたのに、そのケルトが「実はケルトじゃないよ?」みたいな話になっても困るってのは判るんだけどさ。

ケルト論争についてのあらましの一部もこの本に出て来ていて、論争の元になった論文のタイトルなどもあるので、興味のある人はそこから辿ればいいかも。


個人的に一番面白かったのは、属州支配はもうからない、という話である。
ローマはなぜ、コストに見合わないブリテン島の支配を欲し続けたのか。
これはもしかしたら、プトレマイオス朝エジプトがキプロスの帰属にこだわり続けた理由と似ているのかもしれない。儲かる・儲からないとか、支配コストに見合う・見合わないではなく、その領土を支配出来ているか否かが支配者の権威に関わるから。「帝国とはそういうもの」だという話は確かにそうだと思うのだ。拡張し続けること、コストに見合わない領地を望むことは、古今東西、各種帝国の特徴だった。現代においては中華帝国の南洋支配あたりがそうだと思う。

この著者なら次の本も読んでみたいなあ、と思える一冊であった。