文明の入り混じる場所~ドイツ西部で見つかったローマ時代の「イシス女神」。ローマ領内のイシス信仰の広がり

イシス女神は、ローマ時代にも人気を博していたエジプト神の一柱。特に、息子ホルスを抱く慈母の女神、あるいは魔術の女神としての側面が女性たちに絶大な人気を誇ったともされる。その信仰は遠くフランスでも人気だったのだが、どうやら隣のドイツまで到達していたらしい。その証拠の一つが最近、ライン川の下流で見つかっている。

Figurine Of Egyptian Goddess Isis Discovered In Roman Rubbish Pit In Germany
https://archaeologynewsnetwork.blogspot.com/2020/06/figurine-of-egyptian-goddess-isis.html

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場所はココ。実はこの場所、ローマ帝国の版図から考えると国境ギリギリの場所なんだ。

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記事内にもあるとおり、ここは北方のゲルマン民族の侵入を防ぐ防衛線で、A.D.70~ローマ軍が駐留していたという。つまり、このイシスの刻まれた壺も、その時の駐留軍の家族や関係者が持ち込んだ可能性がある。

あと、北欧神話とのリンクとして、ちょうどこの頃に書かれた「ゲルマーニア」の中に、イシス女神を信仰するゲルマン人がいる。という記述が出てくるのも興味深いところだ。
ゲルマーニアの概要については、だいぶ昔に書いたこのへんとか…
http://www5b.biglobe.ne.jp/~moonover/2goukan/north-e/edda_germania.htm


  "スエービーの一部は、イースィスにも犠牲を供する。"

というタキトゥスの描写は、彼にとってイシス女神がとても身近でよく知った存在であったことを意味している。だからこそ、異教の女神をイシスに喩えて記録したのだ。
北欧のゲルマン民族は、ローマとの接触によって「文字を書く」という概念を覚え、ルーン文字を成立させたと考えられている。しかしその際に触れたものはローマオリジナルのものだけではなく、ギリシャ由来のものだけでもなく――ほんの少しだけ、古代エジプト文明の残り香も含まれていたのかもしれない。