【会期延長】「バハレーンで古墳を掘る」展、7月まで開催! 見逃した皆は今度こそ!

古代オリエント博物館で2月末から3月末までの開催予定だった、「バハレーンで古墳を掘る-バハレーン、マカバ古墳群の調査」の展示が会期延長になっていたよ…!
http://aom-tokyo.com/exhibition/200222baharen.html

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3月に行こうかなーと思ってたら3月いきなりコロナ騒動で閉館、そのまま5月末まで3カ月ほど閉館してたため、見られないまま無情にも会期が終わってしまってたのでした… が… 延長して7月までになったので、行ける! 今度こそ! 忘れずに行こう!!

※開館しているけど現在は時短営業、4時半までになってるので注意。

また、状況次第で開館時間などが変更になる可能性もあるので、事前に以下の開館情報のページも見てから行こう。
マスク着用が必要、入り口で手を消毒、発熱している人は入館禁止。あと中であんまり騒がないとか、密にならないとかも他の施設と一緒。
http://aom-tokyo.com/news200313.html

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バーレーンの遺跡は、かつてメソポタミアの人々にディルムンと呼ばれた土地だった。
それほど派手なものがあるわけではないので知名度は低いが、メソポタミアとインダスの二大文明の間にあって、その橋渡しをしていた中間の文明である。しかも興味深いことに、近年の研究ではディルムンを建設したのは北シリアあたりから来たアモリ(アムル)人だったらしいことが判明している。アモリ人はメソポタミアの人々に蛮族とか余所者として記録されており、マルトゥとも呼ばれる。
つまり彼らは、ティグリス川の上流から下流へと川沿いに移住してきたことになる。この人の動きと、「肥沃な三日月地帯」から南メソポタミアへ農耕技術が伝えられた伝播の経路は、おそらく無関係ではない。

また、アモリ語はヘブライ語の祖先とも考えられており、人物名などが一致する。カナン地方の先住民とも繋がっているのだ。
ディルムンが栄えた500年ほどのち、エジプトに侵入するヒクソス人も、基本的には同系の部族だったと考えられている。

ディルムン=バーレーンは、単体だと地味に思えるが、実は周辺の色んなところと繋がっている。
エジプトマニア的には、アフガニスタン→インド→オマーン(orバーレーン)→エジプトの交易ルートがとても気になる。紀元前3,500年の時点で既にエジプトにアフガニスタン産ラピスラズリ入ってますからね…。途中、ディルムンを介してると思うんですよね。

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[>過去記事

古代エジプト 王朝成立以前の長距離交易 ~ラピスラズリ編~
https://55096962.at.webry.info/201001/article_14.html
↑これを書いたのが、もう10年も前だというのにちょっとビビる

メソポタミアとインダスの間、知られざる「湾岸文明」の話
https://55096962.at.webry.info/201602/article_16.html

「暗黒時代」に差し込む光。インダス文明衰退後もディルムンはインドと交易していたかもしれない
https://55096962.at.webry.info/201702/article_6.html



[>参考用

バハレーンに栄えた古代文明ディルムンの考古学
https://www.isan-no-sekai.jp/report/2040


ワーディー・アッ=サイル古墳群から見た古代ディルムンの系譜
https://www.academia.edu/32659741/%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BC_%E3%82%A2%E3%83%83_%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%AB%E5%8F%A4%E5%A2%B3%E7%BE%A4%E3%81%8B%E3%82%89%E8%A6%8B%E3%81%9F%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%AB%E3%83%A0%E3%83%B3%E3%81%AE%E7%B3%BB%E8%AD%9C
↑ディルムンがアモリ人によって築かれた、という話のソース

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