インダス文明に属する遺跡の人骨、初めてDNA解析に成功。その結果は予想外?

まあ多分これそのうち日本語でも記事が出ると思うけど、最初に言っておくと。

 DNA抽出に成功したのは1体のみなので、まだ何も分かっていない。

今回のは今まで失敗しまくってたDNA抽出にようやく成功する事例が出て来たという意味で画期的なんだけど、その結果だけもってインダス文明の担い手たちについて語るのはムリ。一体だけだし、インダス文明の発展した地域は広く、主要な遺跡だけでもインド北部とパキスタンとアフガニスタンにまたがっている上に、その地域は古代から多民族・多言語だっただろうと考えられているからだ。

たとえば以下の研究などは、インダス文明の栄えていた時期の交易網が多数の民族を含む地域に広がっていただろうと推定しているもの。
出自を別にする人々が集まって都市を作っていたのがインダス文明なので、そもそも都市内の人骨を少し調べただけでは、文明の担い手の情報は集まらないのだ。(ちなみにこれは、インカ帝国でも同様。クスコ周辺で見つかる人骨を調べると、出自は帝国中に散らばっている)

インダス文明といえばカーネリアン。その製造過程は複数民族の共同作業だった
https://55096962.at.webry.info/201901/article_12.html

今後、分析する数が増えていけば全体像が見えてくるかもしれないが、分析する遺跡によってかなり違う結果が出る可能性もあるのに注意しておきたい。


さて今回分析されたのは、 Rakhigarhi の近くで発見された約5,000年前の人骨。
DNA抽出に成功したのは、61体のうち1体だけで性別は女性。ミトコンドリアDNAのハプログループはU2b2で、現代ではこのハプログループはほぼ南アジアでしか見られないものだという。なので、この女性は南アジアとの強いつながりを持っていたと考えられている。

元論文
https://www.cell.com/cell/fulltext/S0092-8674(19)30967-5#main-menu


ここからなぜか農業の起源の話に入っているのだが、その部分をちょっと補足しておくと…

世界史で習う内容として、農業は約1万年前に近東の「肥沃な三日月地帯」で始まった、とされる。
ヨーロッパの農業は、この近東の最初の農民が移住してきて知識を伝授して始まった、というのが、これまでの定説であった。インダス文明も高度に農業化されていたので、もしかしたら同じように近東から農業の知識が伝播したのでは? と考えられている部分があった。しかし、今回の人骨のDNA分析結果から、近東との関連性が見られない。

ということは、インダス文明圏の農業はヨーロッパのように「肥沃な三日月地帯」から知識を伝授されて始まったわけではないのでは? と驚かれているわけだ。


いや、そら考えたら普通ちゃう? だって全然気候違うし。常識的に考えてアジアの農耕はアジア独特でしょ。とか思うのは、たぶん中国や東南アジアの事例を知ってる日本人だからなのだろう。ヨーロッパの人はヨーロッパ中心でしかモノ見ないからまぁ…うん。
あと、たった1体だけ成功した結果でそう大騒ぎしてもね…。

(記事の最後にケノイヤーさんが忠告しているとおりに。インダス文明の都市は様々な地域から集まった人々の集合体だったはずで、その中の少数だけ切り出して研究しても全体像は見えない)



というわけで、この話は、今の時点では一例にすぎない。

ただ、ずっと謎扱いされてきた、インダス文明の担い手たちに関する研究が一歩進んだことは間違いなく、今後もデータがそろっていけば何かしら見えてくるはずなので、今後に期待しておきたい。


******

インダス文明初心者におすすめしているのはこちらの本。
最近かなり研究が進んで内容が昔と違ってるので、ハラッパーとモヘンジョダロしか知らない人、インダス文明が大河文明だったと思ってる人は新しい情報を仕入れたほうがいいと思う。

インダス文明の謎: 古代文明神話を見直す (学術選書)
インダス文明の謎: 古代文明神話を見直す (学術選書)

あとこれもめっちゃ面白い。

メソポタミアとインダスのあいだ: 知られざる海洋の古代文明 (筑摩選書)
メソポタミアとインダスのあいだ: 知られざる海洋の古代文明 (筑摩選書)