シュメールの都市遺跡「ギルス」についての資料

シュメール人が宇宙人扱いされるのと、バビロニアやアッシリアと混ぜられるのは、きっと資料がなくてよく分からないからに違いない。なので日本語で検索しても出てこない都市については資料を放流しておくことにした。

シュメールの主な都市のMAPなどはこちらを参照
https://www.ancient.eu/image/1352/map-of-sumer/

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ここに載っている都市は基本的に発掘されたことがある。なぜなら、発掘して場所を確定しないと地図には載せられないから。


というわけで、まずは「ギルス」という都市にいて紹介しよう。この都市名はシュメール語で、現代名は「テルロー」。ラガシュの町の北側だ。都市国家「ラガシュ」を構成する都市のうちの1つで、ラガシュ、ギルスともう一つはニナ・スィララという都市が知られている。あとグアバも連立都市の中に数えられることがある。
この都市を最初にもってきた理由は、多くの人がイメージする「シュメール人」の原型となるグデア王の像が出土した場所だからだ。

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たぶん一度はシュメール本で見たことがあると思う。
グデア王は紀元前2,100年頃に在位していた。アッカド王朝滅亡~ウル第三王朝の成立までの期間は、「グデア王の時代」とも呼ばれる。と、いきなり言われてもよく分からないと思うのでついでに年表も持って来た。

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この都市はおそらく紀元前5,300年頃には居住が始まっていたと考えられており、年表では左端に切れているウバイド期から発展して都市になったことになる。ウバイド期はシュメール人の都市国家が誕生する以前の時代、文明の黎明期でもある。ウバイド期の担い手はシュメール人と同じだったかどうかは不明で、おそらく別の民族などもいて混在していた。

シュメール都市国家時代には、都市国家ラガシュの一区画になった。
紀元前2,100年頃、ラガシュ第二王朝のグデア王の時代に首都になったことがあり、首都機能がラガシュに移動したあとも宗教的な中心地であり続けた。また、ウルが主権を握るウル第三王朝の時代にも重要な都市として認識されていたが、ウル王朝が倒れたのちは重要性を失っていた。ただ、規模を縮小しながらも以降、紀元前200年までは人が住んでいたことが確認されている。



発掘は1877年~1930年代で、他のシュメール都市と同じく100年前の資料がほとんどだが、最近になって大英博物館の調査も行われている。

The world's oldest bridge is being preserved in Iraq
https://blog.britishmuseum.org/the-worlds-oldest-bridge-is-being-preserved-in-iraq/

1929年の発掘で発見されていた約4,000年前(紀元前2,000年)の謎の構造物は、最近の発掘と空撮から、古代の水路にかかっていた「現存する最古の橋」だったと判明し、観光のための修復が進められているという話だ。どこが橋なのか分かりづらいが、橋げただけ残ってると言われるとなんとなくイメージがつく。

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グデア王がいた頃の時代についての資料は、この本あたりが詳しい。

初期メソポタミア史の研究 (早稲田大学学術叢書)
初期メソポタミア史の研究 (早稲田大学学術叢書)

また、インダス文明地域との交易について辿るのも楽しいのでこちらもオススメしておく。
メソポタミア文明は単独で存在したわけではなく、周辺の文明圏と交易して、影響しあっていたんだなってことが分かります。

メソポタミアとインダスのあいだ: 知られざる海洋の古代文明 (筑摩選書)
メソポタミアとインダスのあいだ: 知られざる海洋の古代文明 (筑摩選書)