海を渡る人類、最初の渡海者たちと人類の渡海能力 ~紅海沿岸、出アフリカ

人類はアフリカで生まれ、故郷を旅立って世界各地に旅して広がっていった。いわゆる「グレートジャーニー」だ。しかしその始まりは、まずアフリカを出るために「海を渡る」ところからスタートしている。時代は学者によって説があるが、およそ10万年前から8万年前くらい。

ホモ・サピエンスが種として誕生するのが約20万年前で、インドネシアでトバ火山が大噴火したのが約7万5千年前。火山灰の下から石器などが見つかっていることから、噴火の前にはインドネシアにたどり着いていなければならない。だから、今後の研究が進んでも、年代の幅はそれほど大きく変動することはなさそうだ。


さて、この10万年~8万年前くらいの時代に、人類は海を渡ってアラビア半島に到達する。そう、「海を渡って」。
どのように到達したかは分かっていない。何しろ、ある時期からアラビア半島に石器が出現する、というのが証拠になっているので、具体的にどこから海を渡ったかなどは謎なのだ。おそらく今後も、決定的な証拠などは出てこないだろう。
ただ、遺跡の分布などからして、どうやら海沿いに移動していたらしいことは見当がついている。
そして、海を渡るなら多分、最も幅の狭いところだろうというのも推測できる。現在出回っている人類の「出アフリカ」の図も、こんな感じになっているはずだ。

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10万年くらい前、人類は「どうにかして」海を渡ったのである。
おそらく現実的な回答は、一時的にせよ海面が極端に低下して、陸橋に近いものが出来ていた、もしくは簡単に渡れるくらいの幅になっていたというものだ。その後、人類が新天地で増えていっているからには、一定数まとまった人数が同時に海を渡っていたことになる。体力のある少数だけが泳いだ、とか、偶然数人だけ流れ着いた、とかいう状況ではないだろう。


この謎を解くことは、決して出来ない。
なぜなら、結果からすれば「海を渡った可能性が高い」と判っても、どこから海を渡ったのか、どういう道具を使って何人が渡ったのか、条件が全く分からないからだ。推測は出来ても証明出来ない。可能性を検討することは出来てもそれが答えだと言い切れない。


そこでもし、「実際に海を渡れば渡り方の証明が出来るはずだ」と言い出したら、どうなるだろうか。



現在は、この「かつて人類が海を渡って出アフリカした」と言われている場所は、バブ・エル・マンデブ海峡と呼ばれている。
アフリカ側はジブチ。向かい側はイエメン。海の幅は30kmほど。
涙の門と呼ばれ、海運上は難所で知られる。幅が狭い分、潮流が速く、複雑なのだ。しかも、…海賊が出る。

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ここを渡ろうとすれば、草の船や小さなカヤック程度では無理だと思う。丸木舟でも怪しい。ならばと立派な帆船かヨットを仕立て上げ、それで海を渡れたとする。そして、現代のバブ・エル・マンデブ海峡を渡れたことをして、「10万年前の人類の航海を再現できた! 実際に渡れたのだから、彼らもこんな船でこんな風にこの海峡を渡ったに違いない」と主張したら、一体どう思うだろうか。

はっきり言って全く意味がない

そう、「全く」意味がない。――この点において議論の余地はない。当時の海の幅がどのくらいだったかとか、どのくらいの人数でいつごろ渡ったかとかは議論する意味があるが、検証の手法が間違えているという部分は揺るがない。意味のないものの上に意味のありそうな議論を盛り付けたところで、そもそもの土台が間違えているのだから砂上の楼閣に等しい。

人類は10万年~8万年前にアラビア半島に渡り、その次にはおそらく6万年くらい前にオーストラリアへも海を渡って到達する。
しかし、その方法は決して証明することが出来ない。現代の海を渡ることによっては何も検討出来ない。
判っているのは、人類はアフリカを出た時点から、「海を渡る」何らかの方法を持っていた、ということ。その「何か」を探る最大のヒントは、使えた道具と使えただろう資源の条件が絞られている、最初の渡海にあるのではないかと思うのだ。