スコットランド北部でピクト人のシンボルの刻まれた石が新たに発見される。

初期のキリスト教徒の墓地を発掘してたら、思いがけずピクト・シンボルの刻まれた墓石が見つかったよ! という話。元々は1,200年前に作られたもので、1796年に墓石として転用されたらしい。ちなみに何で年代がピンポイントで分かるかというと、墓石に刻まれた墓碑に記載されているから。

Rare 1,200-year-old Pictish stone found near Dingwall
https://www.bbc.com/news/uk-scotland-highlands-islands-49446609

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Rare 1,200-year-old Pictish stone found near Dingwal
https://www.ross-shirejournal.co.uk/news/rare-pictish-stone-found-in-easter-ross-182042/

どちらの記事でもさんざん「レアものだ」と騒がれているけれど、ピクト人のシンボルを刻んだ石は50ほどしか見つかっておらず、滅多に出てくるものではないらしい。ヴァイキング時代の北欧で建てられたルーン石碑に比べても確かに少ない感じはする。ざっと作られた時期を調べてみると、だいたい6世紀ごろから9世紀ごろ。なのでこの石が1,200年前のものなら、末期のものになるだろうか。
スコットランドのピクト人は、10世紀ごろにはスコット人に同化して言語や文化を失ってしまったとされる。

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ちなみにピクト人のシンボルで典型的なものは、蛇・二つの円盤・Z型の木の枝。
これは多分いちばん有名と思われる Aberlemno Serpent Stone。

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こうしたシンボルはキリスト教に改宗後も使われており、宗教シンボルではなく家系的なものを意味していたのでは? という説もあるようだ。もし、文字の代わりにシンボルで家系や個人をたたえるような意味を持っていたのなら、北欧のルーン石碑と良く似た機能を持っていたことになるかもしれない。

また、独特の模様はどこかケルト文様と言われているものにも似ていて、隣り合う文化が互いに影響しあっていた感がある。 


ピクト人の作った石碑の発見場所やメジャーなシンボルなどはインターネットで探せば資料が見つかる。
Wikipediaはわりと無難な感じに纏めてあるので入り口にオススメ。
https://en.wikipedia.org/wiki/Pictish_stone

ピクト人ってなぜかケルト人と同カテゴリで語られることが多いけど、美術的な特徴は北欧ゲルマンとの中間だと思うんだ。