イスタンブールで見た謎の象形文字の正体・象形文字ルウィ語まとめ

イスタンブールの古代東方博物館で見つけて、わかんねーよ! 誰かヘルプ! って言ってた、謎の象形文字の正体が分かりました。


 象形文字ルウィ語。

*ルウィ語を象形文字で記載したもの。楔形文字で記載したものは「楔形文字ルウィ語」


日本語で「象形ルウィ」と検索してもほとんど引っかからず画像も見られないのは、後述するように「ヒッタイトの象形文字」とか「象形ヒッタイト文字」と古い呼び名のまま書いてしまっているからみたい…。

正体が分かるとなんでもないんだけど、呼び方が変わると見つからなくなるものなのね;;


【サンプル1】
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【サンプル2】

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拡大するとこんなかんじです。

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【英語Wikipediaの画像】

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ばっちおっけーですねー。
石碑以外に印章にも使われていたみたいですが、それは今回見ていないのでサンプル画像なし。(あったけど自分が気づけていなかった可能性も)




「アナトリア発掘記」でルウィ人という言葉には触れていて、ほぼ同時期にアナトリアに来てたらしいーという話を薄っすら覚えていたとしても、独自の文字を持っているというのは全く知らなかった。というか、日本語ページだと「ルウィ語」でググっても画像出てこないと思ったら、かつては「ヒッタイト象形文字」と呼ばれていたものらしい。同系統の別言語ってことになったのが最近みたい。

というわけで、自分用も兼ねてごそごそ調べてみた内容をまとめてみる。




【ルウィ人とは?】

・ヒッタイトと近縁の印欧語族
・ルウィはほぼ同時期にアナトリアにたどり着いたとされるが詳細不明
・ただし独自の象形文字を持っていた。「ヒエログリフ」というとエジプトのを思い浮かべるがルウィ人の使った「象形ルウィ文字」のことも英語ではヒエログリフと呼ぶ(Hieroglyphic Luwian)
・当時のスタンダードだった楔形文字でルウィ語を記した場合は「楔形ルウィ文字」と呼ぶ
・ヒッタイトと同系列の言語で、楔形文字の表記もあるので解読はされている
・ヒッタイトと争って勢力が衰退した(?)
・トロイの遺跡から象形ルウィ文字の印章が発見されたことで、ヒッタイトと別経路で別の時代に移住してきた説もあるらしい

英語Wikipediaの記事によると、紀元前14-13世紀あたりから使われていて紀元前7世紀あたりに衰退。文字数500くらい。とある。

Hieroglyphic Luwian
http://en.wikipedia.org/wiki/Hieroglyphic_Luwian


【ルウィ語について】

・紀元前2000年紀-1000年紀あたりに話された
・中央~西アナトリアから北シリアにかけての地方で使用
・トロイ地方でも話されていた可能性あり
・ヒッタイト語と併用期間が長かった
・かつては象形ヒッタイト文字と呼ばれていた(それでルウィ文字での検索にひっかからなかったのか!)
・発見は1850年が最初。
・言語内にヒッタイト、アッカド、セム系の借用語が見られる。また固有名詞についてはギリシャ語からも借用語がある。

Luwian language
http://en.wikipedia.org/wiki/Luwian_language

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言語分布図見るとヒッタイトの首都近くまで言語圏があったようだ。なるほど、一地方の言語かと思っていたけどそうでもないらしい。
うっすらと点在している場所は、通常「最大でそこまで言語圏が広がっていた」とみなす指標になるから、全盛期はアナトリア全域でルウィ語が話されていた可能性が。

これらの情報をもとにイスタンの考古学博物館で撮ってきた象形ルウィ文字の説明パネルを改めて確認すると、「後期ヒッタイト 紀元前9世紀」「紀元前8世紀」とある。なるほど。



パネルに「King of Tyana Land」と書かれているのを何となく流していたけれど、ググってみたら…

Tyana or Tyanna (Ancient Greek: Τύανα, Hittite Tuwanuwa) was an ancient city in the Anatolian region of Cappadocia, in modern south-central Turkey. It was the capital of a Luwian-speaking Neo-Hittite kingdom in the 1st millennium BC.

http://en.wikipedia.org/wiki/Tyana

ちょっ… カッパドキアの一部だったんかい!検索するとだいぶ南のほうみたいだけど…
Niğdeというのはココ。パネルにある「Bor」はNiğde内の一地方って位置づけなのかな。

http://en.wikipedia.org/wiki/Ni%C4%9Fde

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キプロスにかなり近い。というか、このくらいの距離感ならたしかに人物像などがメソポタミアっぽくなってても不思議はないのか。ふむー。

…次にトルコに行く機会があったら、首都アンカラも行ってみよう。そしてアナトリア文明博物館で空白の時代を埋めるんだ。