古代エジプト人の供物: パンとビーズが全く同じ図柄で描かれる件のオフ会用エントリ

<前回までのあらすじは>

死者の書で空を飛んでいる謎のアレ
http://55096962.at.webry.info/200910/article_6.html

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と、いうわけで例によって気になることは何処までも追いかけますが、これ久しぶりに難易度の高いのが来たよ…
ほうぼう探して類似図を探しているのですが、集めれば集めるほど意味がわからない。

たとえば、この第22王朝の葬祭用ステラ(材質はエジプトイチジクの木)の台の上に乗ってる丸いものを、

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↓コレと
https://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/000/684/98/N000/000/002/125456841112516117840_20091003a.jpg

見比べて欲しいのですよ。
あとのリンクの画像はプトレマイオス朝時代のカルトナージュ(布にしっくい塗って作ったミイラマスク)。
同じものに見えませんか。でも違うらしいんですよ。

カルトナージュに描かれているものはビーズ。ステラに描かれたものは食べ物とは思えない見た目なのに「パン」だというのです。葬祭用ステラに描かれたものがそれと同じものだとすれば、ビーズは神に捧げる供物として使われたことになる。

ちなみにステラに描かれたほかの供物は、花束と、腹の中に詰め物をした鳥の丸焼きらしきもの、あとは豆…? 供物台の下にあるのはチシャ。すべて神様の食べ物です。日本でいうと秋祭りに神前に稲穂とカキと茄子ぶら下げてあるようなシーンだと思いねえ。

食べ物にビーズ交ぜて出すのは不自然なのでパンだとする意見も分からなくはない。供物代に載っている丸いもの=パン、今のまでは、何も考えずに判断されていました。でも、これと同じものが画面上で空中に浮かんでいたり、ミイラミスクの表面に装飾として描かれていたら「アレッ」と思いますよね普通。いくらパン好きでもそれはねーだろう、と。ていうかミイラの首の周りに一列に並んでたら、それはもうパンじゃなくてビーズだと言うしかない。

では、何故、古代のエジプト人は、
「パン」と「ビーズ」という異なるモノに同じ図柄を充てたのか。


あるいは同じに見えるだけで、実は微妙な違いがあるのかどうか。



こちら同じく22王朝と推定されている棺の内部絵。
ぶどうやイチジク、鳥といった食べ物の中に交じっている謎のアレ。位置的にはパンと思われます。見た目もなんか美味そう。

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着色のせいかもしれませんが、これなら食べ物だと言われてもまあ納得する感じ。
ちなみに、これまでに挙げてきた例はほとんどが第22王朝、古代エジプトが異国人支配を受けていた時代の一つであることもミソ。22王朝の王様は、猫大好きリビア人なんだな…。

ネコが好き、はまぁ関係ないとして、異国人がエジプトのまねっこだけしようとして何か勘違いして、パンの図とビーズの図をごっちゃにしてた可能性もなきにしもあらず。間違いから生まれる新たな伝統。

しかしよくよく調べると、実は、この同様の形の「パン?」な物体は、新王国時代から存在してました。

こちらは第19王朝の同じく葬祭ステラ。
謎の物体は同じく供物台の上で食べ物にまじって置かれております。台の下にはやはりチシャ。

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食べ物に混じっていることから、パンと説明されている物体です。



全部を並べると。

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一番左は「ビーズ」とされるミイラの覆いに描かれた装飾品。それと比べて他のものは… 明確に違うと言いがたいのです。

や、もちろん、食べ物にまぜてビーズ出すってのはおかしいと思うのですよ。供物台に乗ってるものをパンと判断するのは正しい。しかし、1枚目の第22王朝の画像にある供物台上の丸い物体は、どう見ても食い物とは思えない(笑) 目ついてますよ目。四方と真ん中に目がついてるとかパンとしておかしいって。


ちなみに、古代エジプトでガラス生産が始まるのはトトメス3世の時代から。
遠征に出かけていって、ミタンニから連れてきた(捕虜なのか、雇用した技術者かは不明)ガラス職人が作り始めたのを切っ掛けにエジプトでも技術が発達していったとされます。なので、新王国時代以降に見られるのであれば、これがビーズだとしても問題なし。第18王朝以前から存在するとすれば、それはビーズではないか、そもそもガラス製品の輸入・生産に関する現在の説が間違っていることになります。






と、いうわけでここまでは頑張ってみました!
誰か中王国以前の死者の書&コフィン・テキストとかの図録持ってないかな~?