フィンランド文学「カレワラ」から「エジプト人」まで。 ~フィンランド ”文学” と詩歌の世界

フィンランドの話と見せかけて、ことの発端はエジプトの話である。


ミカ・ワルタリ(Mika Waltari)。
このフィンランド人小説家の名前を聞いた覚えのある人はいるだろうか。

彼の作品の中で最も有名なものが 「エジプト人」、古代エジプトをテーマにした文学作品の中でも世界最高峰に位置する作品である。(個人的なことを言えば、オチが暗すぎるのが好きではないが…。)
根性とうぬぼれを持つ人は、是非とも彼の作品に対し「史実に忠実ではない」などと無粋なツッコミを入れていただきたい。史実やリアリティへのこだわりが、創造されるべき作品にとって如何に無意味であるかを、その時知ることになるだろう。

ミカ・ワルタリはフィランド語で作品を書いた。原題は主人公の名を取って「Sinuhe,egyptiläinen」(エジプト人シヌヘ)、英語版でタイトルが「The egyptian」となり、日本語版でも「エジプト人」というタイトルとなった。ミイラ医師 シヌヘ というタイトルで抄訳されているものもあるが、まあそれは置いとこう。

The Egyptian: A Novel
Chicago Review Pr
Mika Waltari


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この作品は第二次世界大戦のさなかに書かれ、1945年に発表された。
フィンランド的には「冬戦争」「夏戦争」と呼ばれる二度のロシアとの激しい戦いを経験し、ロシアに領土を奪われ、多額の賠償金を課せられ、国も民も疲弊している時代である。

小説「エジプト人」は、栄光に輝く古代エジプト新王国時代の中で最も暗くなぞめいた時代の一つ、アクエンアテンの台頭と宗教改革をテーマにしている。主人公シヌヘの数奇な運命、国土の混乱と多くの裏切り、信念と現実、残酷な結末… それらは、小説の書かれたフィンランドの危急の時代と、作者ミカ・ワルタリ自身の精神とは切り離せないものだろう。

戦争時における作品 というだけなら、世界中のどこにでもある。たとえばピカソの「ゲルニカ」とか。作者自身は否定しているが、トールキンの「指輪物語」だって、世界戦争が与えた影響との関連づけに言及されることが、しばしばある。
戦争は人の心に揺さぶりをかけ、多くの場合マイナス方向とはいえ、強いインスピレーションを与える。そこから多くの印象的な作品が創造されてきた。
にもかかわらず、私がここで特別にミカ・ワルタリを取り上げたのは、彼がフィンランド人だからだ。カレワの民、「カレワラ」に歌われるワイナミョイネンの子孫たちの一人。彼の書いた小説の主人公「シヌヘ」は、エジプト人と見せかけて実は「フィンランド魂」を込められているのではないか、敗戦の中でフィンランド人が「カレワラ」に求めたのと同じ民族的意識が、エジプト人シヌヘにも宿っているのではないかと、ふと思いついたからなのだ。



叙事詩「カレワラ」は、フィンランドの民族的アイデンティティとも言われる文学作品である。
19世紀半ば、口伝として歌い継がれてきた神話、民話、民間信仰に基づく呪文など、既に消えつつあった人々の記憶を文書化し、一繋がりの物語として仕立て上げた人物がいた。エリアス・リョンロット。本業は医師である。

この作品以前、フィンランド文学の中に世界的な人気を博するようなめぼしい作品は見当たらない。
あったとしても聖書の物語をフィンランド語に直したものだったり、リョンロットが最初にやったように、口伝えに歌われてきた詩歌を文書化しただけのものが多い。フィンランド語における創造物、「小説」の歴史のスタートと言えるのは、「カレワラ」以後だろうと思う。

それ以前に、フィンランド語には文学は存在しなかったのか?
フィンランド人は自国語で文学を作らなかった?

 ――「書かれたもの」が存在しなかっただけである。


口伝だったものが文書化されるキッカケは、北欧諸国においては、キリスト教とともに広まった「書くという風習」「書き文字としての言語」だった。ノルウェーでもデンマークでもアイスランドでも、口伝だった「神話」や、人々の家系図目録・裁判記録のような「公的記憶」は、キリスト教伝来後から文書として記録されるようになっている。前者は、たとえば北欧神話の最大の原典である「エッダ」。後者は、アイスランド・サガと呼ばれる歴史と文学の中間に位置する作品群である。強引な布教によって各地で土着信仰を破壊したとも言われるキリスト教だが、実はそれが伝来することによって、記憶を文字という永遠に変わらない形にとどめ、記録したという一面も、ここに見える。

フィンランドへのキリスト教の布教は、北欧諸国の中では遅かった。1230年、スウェーデンによる「北方十字軍」。つまり13世紀からようやく本格的に奥地への布教が始まり、他の北欧諸国より300年くらいは遅れてキリスト教化が始まった。そして、他の地域と同じように、最初の文学の萌芽も、教会の中から生まれてくる。しかしその段階ではまだ、伝承は「口伝」であり「歌」である。文字にはなっていない。

フィンランドの中世は長らく文学が不作だったようだが、フィンランドの文化洗練度が低かったわけではない。表現の方法が違っていただけだ。彼らは文字として紙に書付けるより、美しいフィンランド語を独特のリズムに乗せて詩を歌い、呪文を唱え、変わり行く世代の中で遷ろうに任せていたというだけのこと。しかしそれは、戦争によって国土が分断され、多くの伝承者が失われつつある時代には伝統の消滅を意味した。

その現実に危機感を覚えた人々により、消えつつあった民族の記憶が文書化され、たとえ伝承者が失われても完全に消えることのないよう紙の上に留められたものが、前述の「カレワラ」である。



ただしフィンランドでは、今でも詩歌を歌う詩人たちが存在するという。弔いの席、結婚の宴、そうしたシーンでは熟練の歌い手が特別な歌を歌う。田舎のほうにいけば、ワイナミョイネンが唱えた「血止めのまじない」のような、現代では迷信ととられがちな歌も、まだ受け継がれているという。
フィンランド人の意識の根底にあるのは「言葉を声に出したときのリズム」であり、「歌としての物語」なのだろうと私は思う。フィンランド語は見慣れない文字がたくさんあって分かりにくいが、見ていると韻を踏んでいそうな、いかにもリズミカルな語尾の並びを多く見かける。いまだもって「言葉」が力を持つ世界、書かれた言葉より声に出された言葉が上位に来る世界なのだ。フィンランド語の文学は、本来、音に変換してリズムを感じてはじめて意味を理解できるものなのではないだろうか。

すなわち、「エジプト人」という作品も、文字として書き留められてはいても、ミカ・ワルタリが想定した最初の姿は、一人のエジプト人について歌われる大いなる叙事詩だったのではないか―― と。




幸せに生きる選択肢は幾つもあったにも関わらず、シヌヘは信念に従い、国を愛し、過酷で孤独な道を行く。
もしもあなたが望むなら、ミカ・ワルタリの「エジプト人」最終章、老いた主人公が語るシーンに、使命を終えて去ってゆく老ワイナミョイネンの姿が見える瞬間が来るかもしれない。

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…っていう、まあ、いつもの思いつきなんですけどね?
(オチがそれかい)

原語、フィンランド語での「エジプト人」は流石に読めないから、ツッコミの甘い推測に過ぎない。ちなみに、フィンランドでは「叙事詩」は基本男性、「叙情詩」は基本女性が歌うそうです。