古代エジプトのビール検証(5) MBAAの記事と参照されている墳墓のデータチェック

>>前からの続き

で、ようやくここまでたどり着いた。
キリンの英語版サイトで提携先として記載されていたMBAA(MasterBrewers Association of the Americas の略らしい) で、レポート発見しました。

MBAA TQ vol. 39, no. 2, 2002, pp. 81-88
Insight Into Ancient Egyptian Beer Brewing Using Current Folkloristic Methods

MBAA TQ vol. 42,
no. 4 . 2005 . pp. 273-282. In PDF (799 kB):
Two Different Brewing Processes Revealed from Two Ancient Egyptian Mural Paintings


著者、Hideto Ishida… 

石田…

キリンビール生産本部技術開発部の部長さんか! ココに出てきましたね。

残念ながら「要約」部分のみしか見られず、全文はパスワード制だったのですが、概要は分かりました。
てか、なんで考古学論文じゃなくて酒の論文?(まぁ吉村さん論文書けない人だけどさ)


MBAAの中で、エジプトビールについて書いてる記事は上の2つだけしか見つからず。
このうち、2005年の方がキリンビールのサイトに載ってる内容を示しているようです。
以下は概要部分の転載。



We attempted the faithful reproduction of the brewing processes depicted on the mural paintings in the tombs of Niankhkhnum and Khnumhotep of the Old Kingdom and in the tomb of Kenamun of the New Kingdom of ancient Egypt using a common pathway.
After multiple reproductions, we succeeded in brewing stable beer using both of the above processes. Surprisingly, the two processes were proven to be completely different. We also attempted to analyze the manufacturing processes depicted in the Kaemraef mural painting, as well as the Meketre models, of the Middle Kingdom. It was evident that the manufacturing process of the Kaemref mural painting belonged to the Niankhkhnum type, while the Meketre models fell under the Kenamun process. These results indicate that two ancient Egyptian beer-manufacturing processes coexisted for a long period of time in Upper and Lower Egypt.

Keywords: ancient Egypt, common pathway reconstruction, Kaemref, Kenamun, Khnumhotep, Meketre, Niankhkhnum, tomb beer painting



上記を、ここまでと同じく不正確な訳をしてみます。

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私たちは、古代エジプトの古王国時代のニアンクアメンとクヌムホテプの墓、新王国時代のケンアメンの墓の壁画から、一般的な方法を使用して醸造過程の再現を行いました。
何度かの再現の後、私たちは、両方の過程を使用して安定したビールを醸造することに成功しました。驚いたことに、これら2つのプロセスは全く異なったものでした。

また、私たちは、中王国時代のメケトラーのモデルと同様に、カエムラアエフの墓の壁画に描かれた醸造過程の分析も試みました。カエムラアエフの墓の壁画の手法はニアンクアメンの壁画に描かれていたタイプであることが分かっています。(ただしメケトラーの手法はケンアメンのものより劣っています(? ゴメンここ訳せない)
これらの結果は、2通りのビール製造方法が、古代のエジプトで長い年月の間、上下エジプトに共存したのを示します。

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これで、キリンのサイトで一方の製法が「古王国時代」、もう一方が「新王国時代」とされている根拠がだいたい分かりました。
「ニアンクアメンとクヌムホテプ」、「ケンアメン」に加えて、「メケトラー」「カエムラアエフ」の墓の壁画を参考にして手順を比較したところ、古王国時代のニアンクアメンとクヌムホテプの墓の手順と新王国時代のケンアメンの墓の手順が異なり、(おそらく古王国時代の)カエムラアエフの墓に描かれた様子は、ニアンクホテプの墓と同じ製法であった、ということなんでしょう。
肝心の、中王国時代のメケトラーの墓をどう判断したのかが今ひとつ読み取れないのですが…。



ということで、これらの墓についての研究内容を確認してみました。
単純に検索すると、出てくる量が多すぎるのでここでは詳細は端折ります。
調べる方は以下を参考に。


●Niankkhkhnum and Khnumhotep
ニアンクアメンとクヌムホテプ(古王国時代)

第五王朝 サッカラ
マスタバ墓

●Meketre
メケトラー(中王国時代)

第十一王朝
メンチュヘテプ2世時代の高官

●Kaemref
カエムラアエフ

不明。
Kaemraefで検索しても英文で3件しかHitしない。
名前としては古代エジプト人にある名前なんだけど…。


●Kenamun (別の綴りで Qenaum)
ケンアメン(新王国時代)

第十八王朝 アメンヘテプ2世時代の高官
Kenamun presenting statues to Tuthmosis I and Amenhotep II,
TT93


で、ここで注目したいのがKenamun (Qenaum)の墓。

キリンのサイトで古王国時代の製法とされた古代のビール製法については、学術論文を発見して裏づけがとれていますし、手順からしても現代ビールの工法で発酵方法を変えたものなので不審な点は見つかりません。原材料の分析も石化したパンやビール粕からの検出ですので、妥当でしょう。

しかし今のところ、新王国時代の製法とされている一方についての裏づけが全く取れていません。
「壁画からの再現」だけでは、製法を完全に知ることは不可能です。また原材料が古代エジプトで一般的だったエンマー小麦からデュラム小麦に差し替えられていることについての明確な説明が成されておらず、考古学的なソースも見つかっていません。
この製法は本当にKenamun墓の壁画からの再現なのか。
果たして、新王国時代の製法と呼ばれているものは、本当に実在したその時代の製法なのか?

ここまで延々とひっぱってきて、中の人がたどり着いた疑惑の中心はここでした。



以下「Oxford Encyclopedia of ancient Egypt」の「Beer」項目の要約です。

・古代エジプトのビール醸造方法について頻繁に引用されてきた、グレコ・ローマン時代以降の記録というのはあまり正確ではない。墓地内の壁画や墓から出てくる木製の模型が主要な資料となっている。

・新王国時代以降についてのサンプルは少ないが、一つのケンアメン墓の内部の壁画である。(つまりケンアメン墓の壁画に醸造シーンがあるのは事実)

・考古学的なビール醸造法の調査は、上記に加えて乾燥したエジプトの気候で残されたビール粕やパンの成分分析から行われている。

・その分析の結果、ビールの主要成分はエンマー小麦とわずかな大麦から作られている。これは二種類の麦が近くで作られていたために予期せず種類が交じり合った可能性も考えられる。(本当はエンマー小麦のみで作るつもりだったが、収穫の段階で大麦も混じってしまったということ)

他、ビールの種類の差異についても言及されています。
出来る範囲でケンアメンの墓内部のビール作りのシーンについての資料を漁りましたが、他の時代/墓のビール作りの様子と異なるという記述は特に見受けられませんでした。
また、中王国時代の墓の内部美術は「それまでのビール作りの様子を踏破している」そうなので、ケンアメンの墓についての判断がどうだったのかという問題だけが残されそうです。



>>ようやく結論へ