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zoom RSS 縄文時代のタイムテーブルにある空白の謎と縄文展の自分的な見所

<<   作成日時 : 2018/07/07 00:10   >>

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東京国立博物館で、縄文展が開催される。
http://jomon-kodo.jp/

というわけで縄文時代の見所のおさらいをしてみたい。
言いたいことは、以前以下に書いたとおりである…。

[>縄文土器の歴史を調べてみたら、なんか空白期間があることに気づいてしまった
http://55096962.at.webry.info/201707/article_27.html

縄文土器も時期によって形態が変わるが、土偶はもっと極端だ。縄文時代を通じてずっと作られていたわけではなく、実は前半5000年くらいは土偶が全然作られてないのだ。「原型では?」と言われる女性の上半身は数点見つかっているものの、その後あらわれる土偶とは全然形が違うし、数千年もヒトガタの存在しない時間があいているのでは同じ思想の系譜に属しているとは言いがたい。

画像


さらに、日本全国どこでも土器作ってたわけじゃなく、場所がけっこう偏ってるんである。
なのでこの年表のとおり、西日本、関東、東北・北海道の3エリアに分けただけでも、土偶作ってない時期が数千年単位で出現する。

これが意味するところは、現時点では「縄文時代」と一括りにされている一万年を越える時代が、実は細かく見ると地域差がかなりある、連続性もちょっと怪しい区分だということなのだ。つーか縄文・弥生の区分と呼び名が定着してからまだ百年も経ってないしね…。日本における考古学の歴史は実はとても浅い。日本を研究している考古学者の大半は日本人学者なので、そもそも日本の古代の歴史自体、まだよくわからんところが沢山ある過渡期と言える。

なので、人によって説が異なり、確定していない部分も多数ある。

たとえばこの年表では縄文と弥生の区切りを紀元前500年にしているが、数年前に紀元前1000年まで遡るはずだという説が出て論争になった。(そしてまだ決着はついていない)

縄文は1万年あるので500年は誤差のうちだが、弥生時代は1000年に満たない長さしか与えられていないので、いきなり500年延びるといきなり研究範囲が倍増することになり、弥生専門の人は「ちょ…」ってなるのだ。というかまず、稲作が東北へ伝播していくタイムスケジュールから見直さなくてはならなくなる(笑)
そして縄文側も、末期に作られた縄文土器は実は弥生時代に作られていたことになり、微妙なことになる。


日本は四方が海に閉ざされ、容易によそから渡ってこられない環境が長らく続いている。だから日本列島に住んでいる人間が縄文時代を通じてまったく入れ替わるということは考えにくい。その意味では文化の主体となる人間集団は連続しているのかもしれないが、地域差を考慮すると、一つのまとまりとして統一された文化を営んでいたかどうかは疑問譜がつく。

だから縄文時代の遺物を見るときは、「場所」と「時代」は必ず見たほうがいい。

同じ縄文時代という区分に入れられていても、紀元前5,000年の九州の縄文と、紀元前1,000年の東北の縄文は別モノである。時代と場所を越えて共通するものは何なのか、逆に違うものは何なのか。そこが縄文展の…見所…ッ、いいですか…「縄文1万年の歴史」などというフレーズにまどわされずに…縄文と超大雑把に括られたワク内の「いつ」「どこの」品なのか…ぜひ…見るのです…!


以上です。

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