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zoom RSS ツタンカーメンのミイラの血液型検査が今から50年近く前に行われていた

<<   作成日時 : 2018/02/20 00:10   >>

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当時ポスドクだった人が実施したので、実験者は今も存命。解剖学者としてリバプール大学で教えている。Robert Connolly、エジプトミイラの話でときどき名前を見かける人である。

そもそもの発端は、ツタンカーメンのミイラのX線検査を行ったRonald Harrisonという学者がこそっとミイラの皮膚を持ち出したことだ。彼はそのサンプルを若いポスドクに渡して、血液型検査をしてみるように言った。


ところが、取ってきたサンプルは10ミリグラムで、ミイラの血液型を調べるのに必要な量の1/100しかなかった。そこでコノリーは、自分の血液(O型)にミイラのサンプルを付着させて、増幅させて調査したという。その結果、ミイラはA型で、しかもあまり人数のいないA2/MNという血液型だったという。

これだけだと何のことやら分からないが、ABO式の血液型判定の表を見ると少し理解出来る。
http://www.aichi-med-u.ac.jp/hospital/sh15/sh1503/sh150303/sh15030301/sh15030301_08.html

画像


O型はA、Bどちらの抗原も持っていないので、ミイラのサンプルから抗原を付着させて、それがA型かB型かを確認したのだと思う。Aが付着すればA型、Bが付着すればB型、両方付着すればAB型、何も付着しなければO型。
MN型というのはMとNの抗原で見る血液型のことで、MMかNNかMNがあるらしい。これも同じように抗原を付着させて増幅する方法で確認しているのだと思う。

ただ、サンプル持ち出しの経緯からサンプルが汚染されている可能性もあるし、実験手法や結果の出し方が正しかったのかどうか十分な検証も出来ないので、当然のごとく「それホントに合ってる?」という議論は、今もある。

なお、このA2/MNという血液型は、KV55のミイラとも一致したため(つまりKV55のサンプルも採取されていた)、二人は血縁者と見なされた。

KV55のミイラは近年のDNA鑑定の際はアクエンアテンのものとされていたが、この実験の行われた時代には、若すぎるためアクエンアテンの次の王であるスメンクカーラーのものと考えられていた。血液型検査の結果は、スメンクカーラーとツタンカーメンは兄弟だろう、と締めくくられている。

この実験から判るとおり、ミイラの科学的な調査が行われたのは最近が初めてのことではなく、その時々の技術限界に従って結論が出されてきた。2006年に行われたツタンカーメンのミイラのDNA鑑定についても、10年後の現在、既に多くの嫌疑が上がっているのは以前書いたとおりである。最新の科学技術を使ったところで、そう簡単に明快な答えは出ないことが判ると思う。

かつて「ツタンカーメンは暗殺された」と結論付けたものは、当時の最新技術だったX線写真による頭蓋骨の写真であった。そしてそれを否定したのは、次の最新技術であるCTスキャンによる詳細な断面図である。科学技術を駆使したとしても、時代とともに結論は変わっていくことが避けられるとは限らない。


***

実験に使われたサンプルの写真は、こことかで見られる。
https://jomarchant.com/390/tracking-down-a-long-lost-piece-of-king-tut

瓶にはいってラベルのつけられているものがそうだ。こそっとミイラの一部を剥ぎ取って持ち帰るということは、今では許されていない。エジプト人考古学者のザヒ・ハワスが執拗にエジプト人だけの調査にこだわったり、外国人の学者になかなか許可を出さなかったりするのも、こうした過去の経緯からくる警戒反応なのかもしれない。

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