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zoom RSS アクエンアテンは恐怖の独裁者だった? アマルナの都に隠された恐ろしい秘密が明らかに

<<   作成日時 : 2017/06/15 00:10   >>

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アクエンアテンとは、エジプト史上でも最も有名な王の一人。宗教改革を行った「異端の王」として知られ、ツタンカーメンの父か異母兄弟あたりの関係だと考えられている。(※10年ほど前に行われた遺伝子調査では父とされたが、この研究には嫌疑があり結論とは言えない)

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従来の主神であるアメン神を否定し、アテンという別の太陽神を崇め始めたまではいいのだが、「元の首都テーベはアメン神の都だからやーめち! アテンのための都作るzee」と言い出して、僻地に新たな都を建設してしまうのである。それが「アマルナ」と呼ばれている都。古代名はアケト・アテン、「アテン神の地平線」という意味である。

そのアマルナの都に隣接する庶民の墓地を発掘してみたら、出てくる骨がどれも異常な死に方をしていたり、拷問を受けた跡があったりで、えっ何これヤバくね? となっているのが、ここ数年の状況である。


<過去にまとめた記事>

●エジプト:アマルナの労働者とギザの労働者 過酷な運命の違いとは
http://55096962.at.webry.info/201303/article_19.html

日本語記事のリンクが消えてしまったのだが、「ピラミッド建造者よりも骨の損傷が激しい」とのことだった。
英語記事はこちら。

●Ancient Egyptian Cemetery Holds Proof of Hard Labor
http://news.nationalgeographic.com/news/2013/03/130313-ancient-egypt-akhenaten-amarna-cemetery-archaeology-science-world/


●アクエンアテンは独裁王? アマルナから発掘された労働者の骨に折檻の跡
http://55096962.at.webry.info/201510/article_19.html

ムチ打ち刑の跡が残された骨が出てきたというニュース。

●Did children build the ancient Egyptian city of Amarna?
https://www.theguardian.com/science/2017/jun/06/did-children-build-the-ancient-egyptian-city-of-armana-

そしてこちらは一番最近のもの。埋葬されていた骨のなんと90%が7歳から25歳までの若年層で、15歳から25歳の骨格は多数が何らかの損傷が骨に残っているというもの。特に脊椎骨折が多いとのことで、かなりの重労働をさせられていたと予想される。
しかも写真見てわかるとおり墓といっても死者を投げこんだような雑な埋葬。


…これらの証拠から、何が起きていたかは容易に推測されると思う。
働ける年齢の子供たちをかき集め、死ぬまで重労働をさせて最後は墓穴に放り込んでいた、という恐ろしい都の実情である。

かつてはアクエンアテンの改革に好意的な意見もあったし、アテン賛歌の雰囲気からアテン神は争いを好まない博愛的な神だったのではと考える人もいた。しかしもはや、その意見は古いものとなってしまった。アマルナの都はタラタートと呼ばれる小型の石材を超突貫で積み上げて作られたが、その建造作業の労働者たちは、ピラミッド建造者よりはるかに悪い待遇で奴隷のように使い捨てられた若者たちだったのだ。

アクエンアテンの死後、アマルナの都は早々に放棄され、ツタンカーメンが跡を継ぐころには元のアメン神信仰が復活する。これは主に改革の失敗として語られてきたが、どうもそうではなかったようだ。マトモな神経の持ち主なら、こんな忌まわしい都はとっとと放棄して元の都に戻りたいと思うはずだ。

また、アクエンアテンの遷都は権力を持ちすぎたアメン神官団の力を削ぎ、王に権力を集中させるためだった、という旧説も、もはや支持は出来ないと思う。なぜなら既に権力があったからこそ多数の労働者をかき集めて突然の遷都を行えたわけだし、そのために多数の悲惨な死者を生んでも民衆の反乱や権力の崩壊を招いていないのだと言えるからである。


一昔前のアマルナ王朝は少女マンガの題材にも使われるほどだったのだが、最近の研究結果を踏まえると、どうやらツタンカーメンの生きていた時代のアマルナの都は、圧制により若者たちが次々と死んでゆくどちらかというと世紀末的な少年漫画向きの独裁世界だったようだ。

アマルナ時代は芸術的には優れたものを多く生み出した時代である。しかし芸術に理解のある独裁者、なんてものは某ドイツのチョビひげの人を代表に、某ローマ皇帝とか色々いるわけで。宗教にハマって都を死体だらけにした皇帝とか王様も世界史を見渡すと沢山いるわけだが、アクエンアテンは、その最初の一人だったということになるのかもしれない。


"家族愛"で語られてきたこの絵も、現実を知ったあとでは怖いものにしか見えない…。

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そもそも自分の娘を手篭めにするような男にロクなのはいないとは思っていたが、若者たちを過労死させるブラック王朝の経営者だったというのはな…。そんなブラック王朝で平民から登りつめたホルエムヘブ将軍マジリスペクト。王朝が倒産したあと社長に就任して建て直すんですよ? みんなもっとホルエムヘブを尊敬するべき。

#推したい

[>過去記事

【歴史萌えポイント】古代エジプト第18→19王朝の移り変わりがドラマティックすぎた。
http://55096962.at.webry.info/201602/article_22.html

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