現在位置を確認します。

アクセスカウンタ

zoom RSS 人類の進化の系譜…「モザイク状の進化」って何だ?

<<   作成日時 : 2017/04/26 00:10   >>

トラックバック 0 / コメント 0

ホモ・ナレディの発見があったからなのか、ここ最近、人類の進化とか日本人の祖先がどうとかいう本をわりと本屋で見かけるようになった。が、一部は最近出た本にも関わらず情報が凄まじく古くて「お前いつの話しとんやこれ…」みたいな気分になってくる。

そんな中でこれは、ここ10年分くらいの論文のサマリーをまとめてくれている、内容としてはまともな本。(ただ日本の学者が書いている部分では一部、納得しかねるものがあったのだが…)

化石とゲノムで探る 人類の起源と拡散 (別冊日経サイエンス194)
日本経済新聞出版社
2013-10-22

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 化石とゲノムで探る 人類の起源と拡散 (別冊日経サイエンス194) の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル


この本の中で、繰り返し出てきた「モザイク状の進化」というキーワードについて少しまとめておきたい。おそらく多くの人が誤解しているであろうからだ。(自分もあまり認識していなかった)

まず人類がどうやって進化したのかだが、始まりの祖先をアウストラロピテクスとしよう。
終着点は我々、ホモ・サピエンス。

アウストラロピテクスからホモ・サピエンスまでの進化は完全にわかっているわけではないが、間に入る類人猿や初期のホモ族の骨はちょいちょい見つかっている。で、それを時系列に並べてみると、進化が一直線ではないことが判ってきた、という話が出てきた。

まず、アウストラロピテクスのもつ特徴と現生人類のもつ特徴の一部を表にしてみた。ふつうに考えると、左の特徴が多いほど古く、右の特徴が多くなるにつれで時代が新しくなる、と思うだろう。ところが実際は、そうはなっていない。

画像


実際には、生きていた時代のおよそ200万年違う類人猿AとBの特徴が、こんな感じになっている。

画像


この特徴だけ見せられて、果たしてどちらの種が古いか判別がつくだろうか? 答えはノーだと思う。「より現生人類らしい」から新しいはず、というのは目安に過ぎず、年代の根拠にならない。これがホモ・ナレディの骨が見つかった時にも年代の特定が出来なかった理由だ。

年代を特定するためには、たとえば近くの火山の噴火年代がわかっていれば、火山灰の層を目安にして判別したり、一緒に出てきた動物の骨や木切れの年代を測定したりしている。ホモ・ナレディのケースのように、それらの指標が使えない場合は年代が全く分からないということも有り得る。

このように、「類人猿っぽい」特徴と「人っぽい特徴」の表に互いちがいに色がつき、一直線に進化しているわけではない、というのが「モザイク状の進化」だ。大きな議論としては、いったん「人っぽい」方向に進化した特徴が消えてしまうことは有り得るのか、ということ。

たとえば、「産道が広い」という特徴は、頭の大きな赤ちゃんを産みやすいという特性をもたらす。しかし、頭の大きな人間は脳を動かすためにエネルギーを使うので、たくさん食べなければ生きていけない。人間の知能で解決できない原因で食糧不足の時は、むしろ脳が小さな人間のほうが生き残れるかもしれない。だとすると、脳の小さな人間が多く生き残り、必然的に産道は以前のように狭くなるかもしれない。

もし「進化の道の逆戻り」が起きることがあるのなら、今わかっているヒトとその近縁種の系統樹は間違いだらけということになるかもしれない。


しかも最近指摘されはじめているのが、「今まで個体差を無視しすぎていたんじゃない?」ということだ。

現生人類だって、背の高い人、背の低い人、顔が平たい人、目鼻立ちがパッチリしている人など様々だ。ここ何千年か、ほとんど人の入れ替わりのない日本人でさえそんなかんじである。ということは「たまたま見つかった」人の特徴がその種族全体の特徴と誤解されてしまっている可能性が出てくる。

もし、こんな感じだったらどうだろう。灰色の部分は同じだが、黄色い部分の特徴は異なっている。

画像


二体が同じ場所から見つかっていれば仲間だとわかるが、全く別々の場所から、時代も少しずれて発見されてしまった場合は、別々の種族名をつけられるかもしれない。



…というわけで、このへんは読みながら「ああ、このジャンルもまだまだ大きく書き換わる余地があるんだなぁ」とワクワクしていた。(このジャンルで仕事してる学者さんにとっては大変だろうけど。)

考えてみれば、人類の故郷がアフリカで、単一起源なのだという説が定説となってのも、ここ数十年たらずのことだ。つい最近まで現生人類に滅ぼされたことになっていたネアンデルタール人だって、実は現生人類とどこかで交わっていたらしいという話になりつつある。時代によって説は変わっていくものなのだ。

さて、この「モザイク状の進化」の話で言いたかったことが何かというと、「ヒトをヒトたらしめているものは何か」ということである。

ヒトではない、とされている類人猿の中にも、ヒトの特徴を持っているものが多くいる。にもかかわらず、ヒトではない、とされるのは何故なのか。脳の大きさが根拠だというかもしれないが、残念ながら今までに、「脳は十分大きいのに特徴としては類人猿のもののほうが多い」というような骨も見つかっている。道具を器用に扱えたはずの手を持ちながら、足は直立歩行に向かない、というものもいる。進化は一直線ではなく、特徴はモザイク状に現われる。猿とヒトの間に境界線はあるのか? ミッシングリンクなど本当は存在しないのではないか。個々の例を見ていくほどに、「ヒトとは一体、何をもってヒトなのか」という疑問を抱く。

答えは、まだ出ていない。


テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

人類の進化の系譜…「モザイク状の進化」って何だ? 現在位置を確認します。/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる