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zoom RSS 戦略としてのパルティアン・ショット 〜おそらく命中率・威力は高くない

<<   作成日時 : 2017/03/13 00:10   >>

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某対戦ゲーの15分決戦でフルボッコにされながら、何となく思いついた話。
現実で考えるとパルティアンショットは実は強くない

まずパルティアンショット(Parthian shot)とは何かを説明する。
「パルティアン」はアルケサス朝パルティアのことを指す。前3世紀以降、現在のイランからイラクにかけての地域に建国される騎馬民族の国で、起源はおそらくイラン高原といわれている。
その騎馬民族な民族が得意とした戦術、といわれるのが、撤退しながらの馬上から矢を射る、後ろ向きの射撃「パルティアン・ショット」である。パルティアはこの戦法でライバルであったローマを圧倒したとされるが、最終的にローマの物量作戦には勝てず衰退、いったんローマ支配化に入ったのち後3世紀にはサーサーン朝ペルシアに滅ぼされる。なお、パルティアンショットについては古くはアテネの歴史家クセノフォンによる「アナバシス」(前4世紀)にも言及されている。

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ゆれる馬上から矢を射るのだから難易度が高いのは当然で、この戦法がパルティアを一時期大帝国にまでのし上がらせた一因、みたいなノリで語られることもあるのだが、――冷静に考えてみたらこれ、たぶん、そんな言われるほど強くない。

●図解しよう。

パルティアン・ショットは逃げながら、ふりむきざまに追撃してくる敵を狙う戦法。
ということは、A.馬の走行 と B.矢の射出 は並行線上で逆方向の矢印となる。

相対する方向に力がかかった場合は相殺する。というのは理科の授業かなんかで習うと思う。
振り向きざまに矢を射るということは、Bの威力は減殺され、Aを上回る速度分しか出ないはずなのだ。

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しかもパルティア全盛期の時代には、実はまだ、鐙(あぶみ)がない。だから、ふんばって矢を射出することも出来ない。命中率はかなり低かっただろうし、おまけに威力もビミョウとあっては、果たしてこれって、脅し意外の意味があったんだろうか…と疑問になってくる。

おそらく、騎兵自体が珍しく、さらに馬の上から矢を射ってくるようなトリッキーな連中がそうそういなかった時代においては効果は大きかったのだろうが、おそらく何度も使えるテではなかったと思う。結局最後にローマに負けてしまうのも、ローマ側もいい加減馴れてきたからではないのかとかなんとか。つうか命中率が低いなら矢も勿体ないから、物資面でもそう多用できる戦法ではないと思う。


※ 余談 歴史上の馬具の登場時期について ※

以前の記事で調べたように、鐙の登場は紀元「後」1-3世紀あたり。それ以前には鐙が存在した証拠がない。なのでパルティア人がパルティアン・ショットを撃つときにあぶみを使っている絵は、ちょっと時代を間違えてるということになる。

古代エジプトに騎兵はいないが、「もしも馬に乗れる人がいたら」という仮定で話をする
http://55096962.at.webry.info/201601/article_9.html

お釈迦様は家出の時、鐙(あぶみ)をつけていなかった?! ガンダーラ美術、衝撃の事実。
http://55096962.at.webry.info/201504/article_8.html


というわけで、パルティアンショットの威力は過大評価されすぎだと思う。というお話です。

パルティアンショット=いたちの最後っ屁 説を私は推したい。



*****
<いたちの最後っ屁>

追い詰められたイタチが、食われるなら死なばもろともぷぅ! って強烈にくさいオナラを捕食者の顔に屁をかまして逃走することから、困ったときの最終手段という意味で使われる言葉。べつにスカンクの屁でもいいと思うが日本にスカンクがいなかったのでイタチになっている。お父さんのオナラも同様に臭いのは、仕事とか家庭とかお母さんとかに追い詰められているからかも…しれませんね…()

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