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zoom RSS 古代エジプト文学「ウェルマイの旅」または「ウェルマイの書簡」を探しに行ってきた。

<<   作成日時 : 2017/01/25 00:10   >>

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お使いの旅に出たら酷い目に遭っちゃった★ というドジっ子役人(※脚色)ウェンアメンの旅模様を描く、波乱万丈な物語「ウェンアメン旅行記」は有名だが、同じように旅に出て酷い目に遭うウェルマイ物語はあんまり知られていない。っていうかエジプト本でも概要だけ触れられてあんまり情報がない。

無いなら自分で探しに行くかーってことで、ちょいと調べてみた。



調べてて気が付いたんだけど、まずこれ、タイトルがイマイチ定まっていなくて、「Tale of Woe」とか「Letter of Wermai」とか「Wermai's Odyssey 」とかソースによって表記がバラバラ。所蔵先はモスクワのプーシキン美術館。番号は「Papyrus Moscow 127」となっているので、そっちで検索したほうが見つかりやすいかもしれない…。(なお、保存状態のよいこのパピルスには「ヴェンアメン旅行記」と「アメンエムオペトの教訓(訓戒)」も含まれている。)

一人称語りのお手紙形式で、文学作品なのかどうかは微妙。ただし、「架空の人物を設定して、その人物が書いた手紙という体裁にした作品」という可能性もある。書かれたのは第三中間期、第20王朝末から22王朝。



あらすじは以下のような感じになっている。


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フイの息子、ウェルマイが兄弟書いた手紙の写し、と冒頭部分に述べられている。兄弟ウセルマアラーナクトに充てて出しているもので、「自分は、不当に追放され全ての財産を奪われ酷い目にあっている。"彼に"それを伝えて助けて欲しい」という内容になっている。"彼"が何者であるかはよく分からない。

追放された元の町というのはどうやらヘリオポリスで、左遷された先はオアシス。飢えと資金の枯渇についての記述、オアシスの端の畑では税金に十分なだけの穀物を作れないことや、税金を誤魔化したと疑いをかけられたことなども書かれている。

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この手紙が書かれた当時の時勢をどこまで忠実に反映しているのかは不明だが、「馬を盗まれたので歩かねばならなかった」なんていうのが出てきて興味深い。第三中間期だとギリギリで「馬に乗って移動する」習慣がエジプトに入ってきてた可能性があるんで。これウェルマイは馬に「乗って」移動したのか、馬車っぽい乗り物を引かせてたのかが気になるなあ。

古代エジプトに騎兵はいないが、「もしも馬に乗れる人がいたら」という仮定で話をする
http://55096962.at.webry.info/201601/article_9.html

 ※鞍の発明は紀元前1000年くらいなので、エジプトでは第三中間期(第21王朝〜)に入った辺り
 ※第25王朝までいくとフツーに騎馬の壁画とかが出てくる

そしてこの「手紙」はどうして現代に残ってしまったのだろうか。
他の作品と一緒に一つのパピルスにまとめられていたということはオリジナルの"手紙"ではなく、誰かに筆写されて文学作品の一種としてコレクションされていたはずだ。果たして哀れなウェルマイは実在の人物か。それとも悲劇の主人公とするために作り出された架空の人物か。冒険物語や神話のような一般ウケする内容では無いが、背景をじっくり考えてみると深い作品だなと思う。


…ていうかこれ結構面白い作品みたいなんで
…誰か日本語訳出してくだs

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