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zoom RSS エジプトのイスラーム都市を掘る: フスタート展に行ってきた

<<   作成日時 : 2016/10/03 00:10   >>

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前日0時過ぎの帰宅だったのに朝8時に会社からの電話で叩き起こされ以下略
でも期間が短めで10/10までだったので、行ける日がここしかなかったので、とりあえず…行って来た…。

企画展エジプトのイスラーム都市を掘る ―日本調査隊によるフスタート遺跡の発掘成果―
http://www.eurasia.city.yokohama.jp/exhibition/

画像


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【フスタートの概要】

かつて、"アフリカ大陸第一のイスラーム都市"と呼ばれた。イスラーム軍がエジプトを制圧するさいの軍事基地が元になって、現在のカイロの近くに作られたイスラーム都市である。10世紀後半以降、エジプトが東西の海洋貿易の拠点になるにつれ、世界有数の商業拠点として栄えた。現在のカイロ=政治の中心、オールド・カイロ/フスタート=商業の中心、という分担だ。

最盛期の1168年、敵軍の進攻を恐れたファーティマ朝の宰相シャーワルに火をつけられ、いったん焦土と化すものの、その後再興。香辛料交易の拠点として再び栄える。

1347年から49年のペスト大流行で人口の1/3を失い壊滅状態となる。その際に放棄され今に至る。かつての首都にも関わらず放棄されたままとなったのには「縁起が悪い」という理由もあったとされるが、ペストで死んだ人が大量に埋まっていたからかもしれない。

フスタートの発掘は1911年にエジプトが開始。1964年以降に日本の早稲田大学、出光美術館、中近東文化センター調査隊、アメリカ・フランスなどが調査に入った。

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というわけで、ファーティマ朝〜マムルーク朝あたりの歴史とか好きな人はよく知ってる都市だと思うけど、古代エジプトが好きな人にとってはちょっと遠いかな…。どっちかっていうとヨーロッパ史、大航海時代とか海上貿易とか好きな人向け? イスラーム美術が好きな人だと、あんまりイスラームっぽくないじゃん!! という感じになるかもしれない。

展示品は、「エジプトの」イスラーム時代を知ってる人にとってはおなじみの品。
逆に言うと、エジプト特有のネタを知らないと面白くないかもしれないなーと思いながら見てきた。エジプトのイスラームの特徴。それは、土台に独自の文化があって、その上に、あとから流れ込んできたギリシャやローマやイスラーム、その他の地中海要素を混ぜこんでいってるってところ。だから時代の狭間には色々要素を混ぜたごった煮的な面白いものが登場する。「イスラームっぽくない」イスラーム美術、なんてものを楽しめるのは、エジプトが辺境だからではなくて、それがエジプトスタイルだから、なのだ。



行った日は、ちょうど関連講座で発掘にかかわってる先生が色々説明してくれていた。

前半は古代エジプト〜コプト〜ローマ支配〜イスラーム時代へ、というエジプトの歴史の概略。イスラーム時代は最後の20分くらいで、前半は長い長いエジプトの歴史3500年分くらいをかいつまんで飛ばしていくというもので、年表がある程度わかってる人じゃないと辛かったかもしれない… ただ、その歴史の流れを知らないと、フスタートという都市の成り立ちが分からないのも事実。

エジプトはイスラーム支配の時代になっても、急激に生活が変わったわけではない。ゆっくりと異文化を吸収しながら川っていった。フスタートからは古代エジプトの流れを汲む美術様式のものがイスラームらしいものに混じってポソっと出てきたりもするが、それはフスタートが単純なイスラームの遺跡だからではなく「エジプトの」イスラーム教が入ってきた後の時代の遺跡だから。

あと宗教には意外と寛容なんだよね、現代のオールド・カイロ地区にはモスクとシナゴーグとコプトの教会が1ブロックずつくらい隔てて普通に並んでいる。フスタートはそういう場所にある。


後半はガラス専門の先生がガラスについて熱く語っていたのだが、シナイ半島の治安が悪化して今はアジアのほう掘ってると言ってたな…。シリアの先生も確かいまキルギスかその辺に行ってるらしいし、一昔前はヤバかった中央アジアとかのほうが今は安全なのかー…と余計なことを思いながら聞いていた。

イスラーム世界で作られたガラス細工に描かれたキリストの絵や、イスラームでは許されないはずの動物などの具体的な像、などの説明。どっかで聞いた話だと思ってたら前に読んだことのある本の中の人が講演者でした。
ガラス器はガラスの原料を作る作業と、それを実際の製品に形成する作業があり、原料自体の産地と生成された場所が異なる場合がある。原料はエジプトで作られて、それがコンスタンチノープルに運ばれて器になった場合、器を調査すると「エジプト産」とか出てしまうけど、実際の産地はコンスタンチノープル、ということもありえるんだとか。

陶磁器の話もあった。シルクロードが廃れたあとの高級な中国陶磁器と、それを模造した陶器がたくさんフスタートから出てきているが、陶磁器を輸入するだけの財力が当時のエジプトにあった証拠だと言ってて、なるほどなぁと思った。フスタートが栄えた時代、陸路のシルクロードは既に廃れているので、船便、つまり海路で中国と繋がっている。ヴェネツィアとの交易の話も出てきていて、そうそう、コショウ乳香めっちゃ運んだわー交易しまくったわー とか思いながら聞いていた、俺DOL脳。


それにしても、入り口に飾ってあったガラスの容器、日本にくれた本当の理由が「発掘隊のリーダーが離さなかったから」らしいっていうのは…ちょっと笑った…。そんなんで押し負けるのエジプト人(笑) なんとなく、エジプト人の人情に訴えて仲良くなったエジプトの監査員を泣き落とした系のような気がしなくも無い…。

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