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zoom RSS 中国で文明史を書き換える洪水の跡発見!→見つかったのは「神話の元ネタ(らしきもの)」ですが…。

<<   作成日時 : 2016/08/08 00:10   >>

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ソース例

中国・伝説の大洪水、初の証拠を発見 文明史書き換えか
http://www.afpbb.com/articles/-/3096402

このソース元に倣った情報サイトはだいたいどこも間違えている。
「アレなんかおかしい…?」と思ったら大元まで辿ることをオススメしたい。色々間違え過ぎているので、どこがアカンのか書いておく。

そういうのメンドクサイ人は自分で元論文読んでくだされ。

Outburst flood at 1920 BCE supports historicity of China’s Great Flood and the Xia dynasty
http://science.sciencemag.org/content/353/6299/579.full

なおこの件、中国さんだから文句をつけたいのではないです。神話と歴史の区別がついてないのが問題。そして、神話の元ネタが見つかったことイコール、神話が史実だということにはならないです。これ、基本的な考え方で、とても大事なとこ。たとえ調査方法が正しくて、結果までは妥当であっても、その結果を用いた結論が飛躍してれば明後日のほうにいっちゃうんですよ。


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★前提

中国さんは「ちゅうごく ごせんねんのれきし!」が事実だったことにしたいので、それに沿う研究を行い、発表する。(というか反するものは発表できない)

研究方法が正しくても、結論部分で飛躍することは多々あります。
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★今回の研究の目的は何?

中国最古の王朝である夏王朝の実在を証明するためのものです。(ざっくり)
夏王朝は紀元前2000年頃に存在したとされ、伝説では初代の王「禹(ゆう)」は大洪水のあと治水工事を行った、とされます。その伝説の大洪水が、今回見つかった痕跡だ、というのが結論部分。


★問題点

洪水跡が事実だったとしても、それがイコール夏王朝の実在証明にはなりません。
まぁ当たり前ですよね… 伝承に過ぎない以上、後世に洪水伝説と伝説の王を結びつけた可能性もあるし、洪水は複数回起きていて、今回見つかったのはたまたま、夏王朝が存在したかもしれない時代に起きたものだった可能性もある。

にも関わらず、洪水跡が見つかった=夏王朝は存在した、伝説は本当だったんだ!! と、結論で飛躍して飛びつき、「これで文明史が書き換えられる」と喜んでいるのに疑問を抱かず書かれたのが、冒頭の記事。

ちなみに夏王朝は中国ではなし崩し的に「あった」ことになってますが、実在した確固たる証拠は、今のところありません…(たぶん)。何かあったっぽいのは分かってるようですが、果たしてそれが「ちょっとデカい都市」なのか「国家」なのか、国家だとしたら何という名前でどのような政体だったのか、ほんとに伝説に言われるようなものだったのか、というのは証明が難しいです。何しろ、文字は夏王朝が生み出したことになってるので、夏王朝が実在したとしても成立頃のことは文字記録が無いんで。

伝説を史実として扱い、見つけたものをそこに当てはめていく…という手法は、イスラエルの考古学なんかでもよくやっちゃってますが、正しくないです。


★最初にリンクした要約記事の間違えてる部分

「あれ? おかしくね?」と最初に思ったのはココ。

"研究チームは、地震で崩壊した建物のがれきの中から見つかった3人の子どもの骨に対し、放射性炭素年代測定を実施。その結果、3人が紀元前1920年に死亡したことが分かった。同地域ではちょうどこの時期、大きな文化革新が起きたという。"



 放射性炭素年代測定は、そんなピンポイントで年代が分かるような技術では無いです…。

おいらも専門家じゃないんで解説できるほど詳しくはないんだけどさw、エジプトの古い異物の検証とかたまに見てるからある程度は分かるのよ。「放射性炭素年代測定」っていうのは、ザックリいうと、有機物の中に含まれる炭素14は生物の死後は減っていく、という点に注目して、炭素14の比率を計測してどのくらい前のものかを調べる技術なんだけど、そもそも炭素の量ってのが時代・場所ごとに異なるので、元から含まれてる量が違うんですよ。なので同時代の試料との比較や地域ごとの差異を加味して値を補整する必要が出てくるわけ。

で、元論文を見ると、その補整の仕方が出てきてて、「紀元前1920年」というのは、その補正後の数値と分かる。

人骨だけを使ったわけではなくて、一緒に出てきた木炭なんかも調査対象に入れてますね。ただ木炭は木が死んだ時点で炭素の供給が止まるんで、何年も前に切られたものだったりすると若干の誤差は出る。このへんの細かい手法まで評価できるほどの知識はないけれど、自分の分かる範囲内だと、やっていることはまともに見えます。

元論文からすると、洪水跡の地質学的な見地と、その洪水で破壊されたと思しき遺跡の年代測定から、大洪水の年代が決定され、それが夏王朝が存在したと仮定されている時代とほぼ一致するため、「夏王朝の実在を主張できる根拠が増えたぞ!」と言ってるわけです。


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と、いうわけで
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正しい要約記事を読んでみましょう。


Massive flood may have led to China's earliest empire
http://www.sciencemag.org/news/2016/08/massive-flood-may-have-led-chinas-earliest-empire

紀元前2000年頃、夏王朝の創設者で、伝説上の王「禹」が黄河の洪水を治めたのが、中国史の歴史の始まりとされるが、考古学者は今まで、禹の実在や洪水の証拠を見つけられていなかった。

→今回見つかった洪水の跡が「歴史を書き換える」みたいな騒がれ方をしているのは、ここがポイント。中国国内では今まで「証拠はないけど夏王朝も禹王も実在したし伝説は本当だった!」という強硬路線だったわけで、ここで洪水の証拠が見つかったとなると、「ほらみろ洪水は実際にあったんだ。だから夏王朝も禹王も本当だったんだ!」と主張できるわけ。


洪水は、地震によって崩れた岩が川をせき止めてつくった湖が決壊して起きたものと考えられている。洪水が起きたと判断したポイントは川の下流の堆積物のようだ。このへんは地質学の知識が浅いので、ふーんそうなんだ、くらいにしか判断は出来ない。

この記事では、洪水と夏王朝が即イコールで結ばれるわけではないが、そう主張する学者もいるとさらりと書いていて、非常に中立的。黄河下流の二里頭文化が夏王朝のものだという証拠は今のところ無いんだよね…中国ではなし崩し的に夏と殷にまたがるもの、とされているけど。地域的に、定期的に大地震が起きる場所ではあるので、おそらく地震を原因とする洪水は歴史上何度も起きている。の記憶が伝説に組み入れられて夏王朝や伝説の治水の英雄が作り出されたと考えるのが妥当だろうな。旧約聖書のノアの洪水伝説みたいに…。

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#脱線 ノアの洪水の"史実"

メソポタミア地域では、ティグリス・ユーフラテス川の起こす大洪水が歴史上に何度か発生している。有名なのがウルという都市の地下に眠っている堆積層。最古の層は紀元前4000年〜3500年くらいのものだ。この大洪水が、シュメールの神話にエンリル神による人類絶滅の物語として取り入れられ、旧約聖書では洪水を起こす理由と起こす神が入れ替えられてノアの洪水伝説となった。

伝説の元となる出来事が史実だったとしても、伝説に語られる年代とは一致しないのが普通である。

参考: http://55096962.at.webry.info/200905/article_29.html
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★結論

これは文明史を書き換える発見とかではないです。
夏王朝の実在性に決定打を与えられるものでもない。(将来的に、布石の一つとなる可能性はあるが…)

分かったのは、紀元前2000年頃に黄河で大洪水があったのは史実っぽい、ということだけ。
上に書いたノアの洪水の話と同じで、「神話には元ネタがあった!」「史実を元にして伝説が作られていたことがわかった!」というのが妥当な路線だろうと思います。

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