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zoom RSS マスタバとピラミッドって背後にある思想が違うんじゃないのかなっていう話

<<   作成日時 : 2015/09/22 00:10   >>

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端的に言うと

 マスタバ墓 → 宮殿に似せてる 中でファラオが生き続ける永遠の家という思想

 ピラミッド → 丘や階段を模してる それを使ってファラオが天に昇り神になるための装置

みたいな感じ。

なんちゅーか、ピラミッド建設が始まる以前にマスタバが王の墓として作られていた場代のエジプトの思想って、どうも「王は永遠に生きる」だったっぽいという話を読んだあとにふと思ったんだ。

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「永遠に生きる」という思想自体はエジプトの王朝史を通じてずっとあったけど、初期の頃の「永遠に生きる」とは「現世で(墓の中で)生きる」で、あとの時代になると「あの世にある楽園で生きる」に摩り替わってるんじゃないかと。で、「墓の中で生きる」だったから、墓を宮殿の形に作り、殉死させた家臣を埋めて、沢山の動物や食べ物や家具なんかも一緒に埋葬したんじゃないかと…。

ちなみにマスタバ墓が作られていた時期の中でも、殉死の風習があったのは第一王朝まで。第二王朝からは殉死の証拠はない。ただしそれは、墓の中に王が生きているという思想がなくなったからではないと思う。殉死という形ではなく、墓の近くに「門前町」のようなものを作って、家臣を生かしたまま仕えさせていたのではないだろうか。日本だと空海がまだ生きてることになってる高野山みたいな感じ。


王が「墓の中に生きてる」という思想だとすると、同じ王のマスタバがアビドスとサッカラとか、複数個所にある理由も分かる。離宮扱いだからだ。王の行幸する場所には宮殿がなければならないということだ。




さてここからピラミッド建設の時代にどう入るか。
もちろん一番最初のピラミッドが、マスタバの改造であることは良く知られている。

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なんでマスタバやめたのかについては色々考えられるが、単純に「王の権力が強まったからもっと大きなもの作りたかった」のではないと思う。ひたすら上へ上へ、難易度の高い工事を行う行為の裏には、何か目的をもった強い意志が無いと難しい。

これは想像だが、マスタバの中で永遠に生き続ける、なんてことは無いのだと、現実を悟ってしまったのではないだろうか。昔の墓を空けてみたりしたのかもしれない。中身がない。しかし王が朽ちたということを受け入れることが出来ない。ならば天に昇って神になったのだとするのはどうか。

「永遠」を神々の世界に持っていくことで、「死後の永遠の生」は思想として次の段階へ進む。王は死後に神になるのだ。ピラミッドの壁面に書かれた呪文、「ピラミッド・テキスト」の中で繰り帰し語られているように、神々と一体化し、その上に君臨するために地上を去らねばならない。

そのための装置としてピラミッド建設が始まったという考えはどうだろう。


殉死するか、生きたままかはともかくとして、死せる王に仕える人々はピラミッド建設がされていた時代にも存在した。有名なものはケンタカウェス王妃のピラミッド前に築かれた門前町だろう。もし、王に仕えた者は死後、王とともに天に昇れるのだと教えられていれば、彼らは喜んで復活のための装置であるピラミッド建設に関わったのではないだろうか? これはいわば「"永遠"のおすそ分け」だ。

ピラミッド建設には大量の人を動員する必要がある。初期に作られたギザのピラミッドの巨大さ、あれだけのものを作るにあたり駆り出される人々を、単純に報酬だけで動かせたとは思えない。



つまりピラミッドは、王の墓ではあるが、それにくわえて宗教的な意味も持っていたということ。

エジプト各地にはたくさんのピラミッドがあり、何に使ったのか分からない、中に玄室もない小型のピラミッドがアスワンなどの僻地に点在していたりするが、もしかしてそれは仏教でいうとこの仏塔みたいなもんだったんじゃないだろうか。仏塔は中に仏舎利(お釈迦様の骨)が納まってるということになっている。もちろん、すべての仏塔において、実際に中に仏舎利があるわけではない。同じように、小型ピラミッドは中に王の遺体があるという体で礼拝の場所になっていたんじゃないかとか。

宗教施設なら、複数作ってもおかしくないからね…。



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まぁこれは半分以上ただの空想だが、マスタバとピラミッドの間に何らかの思想の転換があったことは確かだろう、と言っておく。

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