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zoom RSS ヒサルルックは果たしてトロイアか。アナトリアの謎が提示される「トロイアの真実」

<<   作成日時 : 2015/08/29 00:10   >>

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「トロイアの真実」とは銘打たれているが、特に衝撃的なことが書かれているわけではない。
そして著者的にはシュリーマンの生き方を肯定したかったぽいのだが、読んだ側としては、それよりこの謎の結論は一体どうなるんだという話のほうが気になるという感じの本。面白かったので次回はシュリーマン成分薄めに話を進めてほしいなとかなんとか。



さて、この本のメインな主題、それは

 ヒサルルックの丘がトロイアであるという
 確固たる証拠は、実はまだ存在しない


これである。
言われてみればそーいやそーだと、今さらのように気がついた。てか皆これ意外と忘れてるんじゃないか。
ヒサルルック=トロイアは、トロイア探しが盛んに行われていたシュリーマン以前の時代に既に説としては存在していたが、発掘後にヒサルルックをトロイアだと大々的に宣伝したのは、シュリーマンである。以降の発掘者たちは皆、そのシュリーマンの前提に従って調査を行っている。しかしシュリーマンは何一つ証拠を挙げていない。その後の調査でもヒサルルックが何と言う名前の都市だったのか、証拠は出てきていない。なぜ後継者たちが誰も疑わなかったのか、逆に不思議なくらいだ。それほどまでにこの分野でのシュリーマンの影響は大きいのだろうか。

彼は古代ギリシャの叙事詩「イリアス」を元にして、発掘して出てきたものを叙事詩の中に当てはめていった。
しかしその当てはめが空想に任せた適当であったことは、「プリアモスの財宝」と呼ばれた黄金が、実は紀元前2400-2200年ごろというトロイア戦争があったかもしれない時代とは全然違う時代のものだ。

そして遺跡にある焼土層(大火災の跡)のうち、現在、トロイア戦争の跡かもしれないといわれている紀元前1230年〜1180年の層だが、何が原因だったのか、戦争だとしたら誰と戦ったのか を示す確実な証拠が何もない。

そもそも叙事詩を歴史として扱うこと自体にムリがある。現実の出来事を元にした叙事詩は、だいたい針小棒大にして神話化してしまう。「ロランの歌」などがよい例だ。
伝説ではトロイア戦争は10年も続いたというが、本当にそれだけの戦争が続いていたら膨大な死者や武器や戦争の痕跡が残るはずで、一度きりの火災の跡で終わることは考えにくいのではないか。


そしてこの本の著者が指摘しているように、ヒサルルックの最後の大火災のあとに空白の時代があるのは確かに気になる。その時代はちょうど、著者が発掘しているカマン・カレホユックを含むヒッタイト帝国の諸都市が(首都もふくめ) 一気に衰退していった時代なのだ。そして衰退後は、別の文化層がその上に現れる。(=違う文化を持つ集団がそこに定住したということ)

ヒサルルックにあった好機青銅器時代の都市は、トロイア戦争で滅びたのではなく、ヒッタイト帝国を崩壊に追いやったのと同じ原因で滅びたのじゃないか? ていうかむしろヒサルルックの都市はヒッタイトの周縁都市のひとつだったんじゃね?


前にルウィ語について調べててた時に、「トロイ地方からもルウィ語の遺物が若干出てるので、トロイ地方でも話されていた可能性あり」という情報が出てきたんだ。その時は、トロイアはミケーネじゃなくてヒッタイトと戦って滅びた可能性もあるのかなぁとか思ったりもしたんだけど、まさかの「実はヒサルルックはトロイアじゃなくてヒッタイトの一都市、帝国本体といっしょに滅びた」とかいうパターンもありなんじゃ…。

なんか、知ってると思ってた世界が実は根拠のない幻って分かる瞬間はゾワっとくるものがある。
実はトロイアは、まだ見つかっていないのかもしれない。或いは、トロイアなど存在しないのかもしれない――
ヒサルルックの丘は、本当の名前を誰も知らないまま、今日も「トロイア」として観光客を受け入れている。


****


なお私は、考古学に興味はあったものの、シュリーマン自伝の「古代への情熱」を読んでもあまりハマれず、共感を抱けなかったクチだ。

どんなジャンルであれ、一つのことに邁進する人はたいてい羨ましくもありカッコいいと思うもののだが、残念ながら日本でシュリーマンを模して「第二のシュリーマン」になろうとした考古学者への心象が最悪レベルなので、不幸にしてオリジナルのシュリーマンに対してもいいイメージを抱くことが出来なくなってしまった。情熱は持っていい。夢のために突き進んでもいい。でも、今の時代に同じことをやってはいけない。
思いのままにシロウトが遺跡を掘り返してよい時代はもう終わったのだ。今ならそれは盗掘と呼ばれる。

だが、彼の発掘がその後のアナトリア考古学に強い影響を及ぼしたということ、ヒサルルックの編年が後代の重要な指標となったことは確かに功績だと思う。思うに情熱は、人生の重要な燃料ではあるものの、制御できないうちは前に進めないのだ。シュリーマンは、うまく情熱を制御できるようになり、無謀な発掘を止めた後に本当に意味のあることを成し遂げられたのかもしれない。

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