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zoom RSS アラブと欧米、そして東洋。コーヒーと世界史が踊る

<<   作成日時 : 2015/05/05 00:10   >>

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「パンとワインを巡り 神話が巡る」の著者が書いたもう一冊の本、「コーヒーが廻り 世界史が廻る」。通販で品切れになってたり、図書館で貸し出し名になってたりとなかなか縁がなかったのだが、電車の時間まちで寄った本屋にぽそっと置いてあるのを見つけたので手に入れてきた。今回のテーマは「コーヒー」。前半部分はコーヒーを最初に受け入れたアラブ世界、後半はヨーロッパ・アメリカといったいわゆる欧米列強への展開で、その中でも著者の得意とするドイツに関する部分の割合が大きい。

コーヒーが廻り世界史が廻る―近代市民社会の黒い血液 (中公新書)
中央公論社
臼井 隆一郎

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コーヒーの歴史などあんまり気にしたこともなかったので、色んな意味でへへえという感じだった。コーヒーはスーフィー教徒が夜を徹した祈りの際に眠気を払うために飲み始めた、という話はよく聞く。だが、このコーヒーが導入初期にはハラールかハラールでないのかでモメたという話は初耳だ。コーランには「炭を食べてはならない」という記述があるらしく、炒ったコーヒー豆は炭ではないのかどうか議論されたらしい。またワインなどと同じように刺激物、人の精神状態を左右するような飲み物でないのかどうか、など。

しかし結局アラブ世界はコーヒーを受け入れていく。酒が禁止されているイスラーム世界では、酒場というどこの国にもあるコミュニケーション施設がない。しかしコーヒーショップがあれば、人々はそこに酒場と同じ機能を求めることが出来る。こうしてコーヒーは「イスラームのワイン」となった。日がな一日カフェで駄弁っているエジプト人や、トルコの街角の茶屋を思い浮かべて、なるほどと思った。もっとも、今はコーヒーよりは水タバコなんかで時間を潰してるようだけども…。

その「新たな公共の場を提供する」という役割は、最初はヨーロッパでも同じだった。
しかし東アフリカを原産として、限られた産出量しかなく、しかもエジプトのアレキサンドリアなど中継都市を経てヨーロッパに入ってくるコーヒーは決して安いものではなかった。コーヒーが大衆に定着するには、大量生産されたものが直接手に入らなくてはならない。時は大航海時代。この言葉が纏うロマンチックな響きの裏側にある負の面が、植民地支配と現地住民の奴隷化である。オランダが植民地としてジャワでは、コーヒー・プランテーションのために元々の農作は死滅し、農園で働く以外に食っていく道がなくなるのである。


世界史とコーヒーの繋がりが面白いのは後半ドイツが全面に出てくるあたりからで、外洋進出に出遅れたドイツはコーヒーの原産地だった東アフリカにコーヒー・プランテーションの植民地を建設することを画策する。しかし現地民はオランダがアジアの植民地でやったように農地を召し上げられたわけではなかった。契約や賃金という概念も持っていなかった。ドイツ人は、黒人は怠惰で劣った人種であると認識するに至る。それがのちのナチスの人種優越論に繋がるというのである。

果たして、歴史を動かしたものは本当にコーヒーだったのか。それともコーヒーは複数の要因の中の一つに過ぎなかったのか。
おそらく後者だろう。しかし、コーヒーは確かに歴史と深く結びついていた。

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