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zoom RSS ヘレニズム期の採石場の作業/農閑期に行われたんじゃなくて氾濫期に石の運搬してたんじゃない?

<<   作成日時 : 2015/04/29 00:10   >>

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っていうタイトル通りの話。
こないだ本棚に加えた「ナイル世界のヘレニズム」という本の第8章部分の説が違うんじゃねーかと専門家にツッコんでみるわけですよ。

前回エントリの末尾に書いたように最初は単に月の名前書き間違えてるだけかなーと思ってんだけど、そもそも根本から違う気がしてきたので、とりあえず言いたいことをまとめてみる。



●概要

第8章は、中部エジプトの採石場に残されたプトレマイオス朝時代のグラフィティ(作業メモ)を元に、採石場の運用スケジュールやもどんな風に仕事してたのかといった情報を再構成しようとしている部分。グラフィティは、当時のエジプトの書き文字であるデモティック(ヒエログリフを崩した文字)と、ギリシャ語が併記されている。
資料に使われているのは、カイロの南250キロ、ニュー・メニアの近くにあるニュー・メニア古代採石場のグラフィティ。


●基本情報

古代エジプトは現代と同じく12ヶ月区切り。
それぞれの名前には神様名がついていて、その名前がギリシャ語風に訛ったものが現在もコプト暦として使われている。

一覧はこちら。
http://www.moonover.jp/bekkan/today/index.htm

古代暦での月/日はあってるかどうかわからんけど、名前・順番・季節名はこれで正しい。現代コプト暦の名前と現代暦での日付も、コプト教会のページからコピってきたので間違えていることはないはず。


●月名の記載ミス

というわけで上記一覧を踏まえて本文を読んでみると、おかしい点がいくつかあることに気がつく。

(1)
P153-154の部分で触れられているグラフィティで、ギリシャ語部分は「エペイプ月」、エジプト語部分は「ペレト4月 シェムウ1月 シェムウ2月」になっているという。

ここで著者は「エペイプ月はシェムウ2月のことなので一致する」と書いているが、実際はエペイプ月は「シェムウ3月」。つまりギリシャ語とエジプト語部分が対応していない。

(2)
次にP155-156でも同じようにギリシャ語とエジプト語のグラフィティの対比が行われているが、ギリシャ語部分が「ファルムーティ月」、エジプト語の部分が「シェムウ4月」。

これも著者は一致していると書いているが、ファルムーティ(パルムティ)は「ペレト4月」。なので一致していない。


まさか専門家がグラフィティの解読を間違えるはずがなかろうから、比較時の勘違いなのだと思うが、二箇所とも一致しないとなると、ギリシャ語とエジプト語で併記された日付が同一の内容を表すという説は果たして成立するの? という気になってくる。ていうか実際合ってないし。併記された二つの日付は別々の意味を持っているのではないだろうか…。たとえば石を切り出した日と運搬した日、とか。


●カレンダーと月の対比

で、次。この図は少し進んだP165にあるもの。

画像


この月の並びはあっている。なので、前に出てきた「エペイプ月はシェムウ2月」とか「ファルムーティ月はシェムウ4月」といった記載はおそらく単純に記載ミスなのだろう。だが、この図の解説にもっと大きな問題が潜んでいた。

この図はギリシャ語のグラフィティ108点の書かれた時期をグラフ化したものだという。トト月の記載が顕著に少なく、最大はメケイル月。

著者は「最も多いのはパウニ月とエペイプ月(およそ7月下旬から9月下旬)」としているが、現代コプト暦だとパウニは6月上旬から8月上旬、ナイルの氾濫開始を元日とする古代エジプト暦だと4月半ばなので、どちらにしてもズレている。ただし古代エジプトの暦は閏日を採用しておらず、4年に1日ずつズレていく仕様だった。それでグラフィティの書かれたプトレマイオス3世の時代(紀元前246年-222年)にあわせて古代エジプト暦に補整をかけたのかなと思ったのだが、計算が合わなくて「??」になっている。

そして、グラフィティの量から「採石場の作業は春先(テュビ月)から活性化してナイルの氾濫期にその頂点に達し、ナイルの水が引くと激減したことになる」と記載している。テュビ月は現代コプト暦だと1/9〜2/7、著者の計算だと後ろに2ヶ月ズレているので2月下旬から3月下旬として、確かに春先になる。だが、テュビ月〜メソレ月はナイルの氾濫期ではない。ナイルの氾濫は真夏の7月ごろに始まり、9月半ばに水位が頂点に達する。本来はトト月からスタートだが、著者の計算だパウニ月からスタートということになる。


画像


パウニ月を7月下旬としている前段のカレンダーにあわせて、グラフに季節と月を振ってみたものが下図。

画像


ナイルの氾濫期にはグラフィティは増えていない。むしろ逆に減っているという、本文とは正反対の状況が、このグラフから読み取れてしまうんだな…。



そして、ナイルの増水にあわせた農業では、春先は農閑期ではない。

なぜならエジプトで生育する小麦は冬小麦(冬播き→春収穫)だからだ。田植えと稲刈りの季節が死ぬほど忙しいのは農家の人なら知ってるはずだ。エジプトの場合、麦なので種まきはわりと楽だったようだが、刈り入れは手作業なのでそりゃもう大変っすよ。麦は収穫に適した時期が数日しかない。熟しすぎると実が落ちちゃう。

この本の説が正しくて、農閑期に農民が石切り場を手伝いに来ていたとするならば、収穫期にグラフィティが増大することはまずあり得ない。というわけで第8章は、提出された状況からは、記載されている結論が導けず、むしろ正反対の結論に達するしかないという謎な状況になっているのだ。何か自分が勘違いしてるんじゃないかと10回くらい読み返してみたけど、どう考えても何かがおかしい。少なくとも、ギリシャ語の月名とエジプト語の月名の突合せは確実に間違えている。

2ヶ月前倒しのスケジュールで計算して、このグラフから結論を出すのであれば、本文とは真逆で「農業と関係ない意思きり専門の職人がいた」、「増水が始まると石切り場の作業をしなくなった」という二点になるのではないかと思う。

で、増水が始まるとグラフィティが減るのは、石切り場から建設現場に石を運搬する作業に入ったから、ではないんだろうか。水位が上がってるときのほうが、採石場近くまで水が来るから船を出しやすいし、建設現場の近くまで石を効率的に運べる。そうであれば、グラフィティの増減と川の水位の相関性がうまくつじつま合わせできそうだ。


*****

まあねおいらド素人なんで色々根本的に足りない知識はあるんだけども、根拠をもって「納得できない」と言える説は、誰が言ったとか関係なくリジェクト対象。正しいことが何なのかを知りたい。結局このグラフはあってるのか、あってるとすると実際は何を示しているのか。


(2015/5/3 図を間違えていたので差し替え。)

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