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zoom RSS 宇宙探索時代とフィラエ島、その名は意味を変え何度でも叫ばれる

<<   作成日時 : 2014/11/14 00:10   >>

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彗星への探査機投下を目指し旅立った「探査機ロゼッタ」が、着陸機「フィラエ」を分離するというニュース。
フィラエの投下ポイントは「アギルキア」と命名され、いずれもエジプトにちなんだ命名となっていることから、宇宙ファンのみならずエジプトファンも注目しているとかしていないとか。

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※画像はフィラエの降下イメージ



はい、というわけで唐突ですが、ここでフィラエ島の歴史についておさらいしてみましょう!


ロゼッタ・スターンの見つかった「ロゼッタ」は、ナポレオンの軍が上陸したナイル下流の町です。現在のラシッド村近辺。それに対してフィラエ、アギルキアはともにナイル上流の島の名前で、エジプトの南の国境付近にあります。地方名としてはアスワンで、アブ・シンベル神殿も近くにあります。


フィラエ島近辺の地理↓

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ちょうど本のページ間だったので見づらいですが、川の中に幾つかの中洲の島があります。
アスワン・ハイ・ダムの完成により川の水位が上がったため、フィラエ島は、現在は完全に水没しています。

フィラエ島にあったイシス神殿は1980年に隣のアギルキア島に移転されました。つまり現在「フィラエ島のイシス神殿」は「アギルキア島」に建てられているというわけ。探査機の「フィラエ」「アギルキア」の由来はここにあります。


↓現在、神殿は、こんなかんじで島の上の水際に乗っかっています。
写真はローマ時代に増設されたトラヤヌスのキオスクと言われている部分。
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では、なぜ「探査機ロゼッタ」にフィラエやアギルキアが関わってくるのでしょう。
それは、ロゼッタ・ストーン解読の糸口となったオベリスクが、かつてフィラエ島のイシス神殿の第一塔門の前に立っていたからなのです。


↓後ろから見た写真しか持ってなくてアレだけど、ココね

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現存する神殿は、大半がプトレマイオス朝〜ローマ支配時代に建てられたものだったので、ヒエログリフにギリシャ語が併記されていました。塔門の前にあったオベリスクはプトレマイオス2世によって建てられたもので、そこには王名「プトレマイオス」とともに、「クレオパトラ」という名が刻まれていたのです。

ギリシャ人であるプトレマイオス王朝の王たちの名前(発音)は、ギリシャ語の資料があるので当然分かりますよね。そしてカルトゥーシュが王名を示す印だろうということは既に見当がつけられていたので、あとはカルトゥーシュの中にある文字を「プトレマイオス」や「クレオパトラ」の音に合わせて分解していくだけです。プトレマイオスとクレオパトラでは「ト」や「レ」など幾つか共通する音があったため、二つのカルトゥーシュで被っている文字を探して音を当てはめることが出来ました。

こうして、はじめてヒエログリフという「文字」と「音価」とが結び付けられ、何千年も忘れ去られていた古代エジプト人の言葉が息を吹き返すキッカケとなったのでした。



というわけで、「フィラエ」や「アギルキア」は、探査機ロゼッタが未知の宇宙史を解読する糸口となることを願ってつけられたイキな名前だったちゅーことですね。

かつてはユネスコの遺跡救済プロジェクトで、アブ・シンベルと並んでその名が世界で救済のシンボルとして叫ばれた「フィラエ」。今はその名が宇宙のロマンや人類の発展の象徴として掲げられているのを見ると不思議な気がします。

****

ちなみに、現在フィラエのオベリスクは、イギリスのキングストン・レイシーに移されていていて現地にはあれません。え、なんでイギリスにあるのかって? …コレクターが持って帰っちゃったからだよ…。エジプトの遺跡の歴史は略奪の歴史。(´・ω・`)

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