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zoom RSS 「文明」の定義とは何か。〜「インダス文明」が、いわゆる「文明」の定義に当てはまらない件

<<   作成日時 : 2014/08/12 00:10   >>

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色んな文明の本を交互に読んでたら、わたくし文明の定義が分からなくなってきました! <ドーン

いやね、昔から「文明」と「文化」の違いが、分かってるようで分からなくて。「文明」の定義って学者さんによって違うんですよね…。

とりあえず以前書いたもの

文明「滅亡」とその意味
http://55096962.at.webry.info/201109/article_19.html

ここで引用してる部分が今のところ言われている主流の「文明」の定義みたいなんだ。

もし、人間の営みのすべてを文化というならば、文明とは国家という政治機構を持った社会とその文化のことである。


で、前回は引用しなかった続きの部分では、以下のように書かれていた。

国家を持つ社会は人口が比較的大きく、経済の面では分業が発達している。また、国家が領土とした地域の外側には別の社会集団がいる。それが同じように国家を持つこともあれば、国家を持たない社会であるかもしれない。いずれにしろ国家はそれに属さない別の集団との関係の網目に位置することになる。この網目に乗って人も物資も、思想も移動する。



ここから導き出される「文明」の条件とは、

 ・国家を形成している
 ・ある程度の人口を有する
 ・国土となる領域をもつ

…と、いったものになる。でもさ、この条件に従うと、インダス文明って文明じゃなくね?


では、インダス文明はオリエント文明とどう違うのか。たとえば、エジプト文明におけるピラミッドやメソポタミア文明におけるジッグラトといった王墓や記念碑といった建築物が、インダス文明にはみられない。
<中略>
モヘンジョダロ遺跡の仏塔だとみなされている建物が記念碑的意味をもつ可能性がないわけではない。しかし、いまのところ、ピラミッドに匹敵するものはない。また、文字が人目につくような碑文として刻まれた例は、第6章であげたドーラーヴィーラー遺跡の看板だけである。こうした事実から、インダス文明には王権の存在を匂わせるものが希薄だといえる。



インダス文明にはたしかに共通要素がある。たとえば、インダス印章、インダス文字がある。また上下水道が整った都市があげられよう。だからこそ、インダス文明を一つの文明システムと捉えることができる。しかし、その一方で地域差も歴然とある。



インダス文明は多民族多言語共生社会であった。また、多数の職能集団が独自の社会を形成し、それぞれがお互いを補完しながら社会を支えてきた。そこには、農民もいたし、牧畜民もいたし、狩猟採集民族もいた。商人もいれば、職人もいた。かれらは流動性も高く、雨季や乾季にあわせて移動もした。その移動を円滑にするために、お互いインダス印章を保持し、言葉が通じないところでは、インダス印章が互いの出身や職業を認識しあいコミュニケーションをとるための一助となった。大都市はこうした移動民が一同に介する場所で、常時都市に住んでいる人たちよりも季節にあわせて移動する人々が多かった。


以上、引用元はいずれも「インダス文明の謎 古代文明神話を見直す」 京都大学学術出版会。


 ・社会階層はあったが権力者がいない、国家を形成していた形跡が薄い
 ・都市はあったが移動する人々が多く、国家の領域が薄い
 ・多民族、多言語なので一つの思想や概念に乏しい


ね、条件にあてはまらんですコレ。なんでインダス文明は「文明」なんだろう。インダスが「文明」ならアボリジニの文化も「オーストラリア文明」でいいじゃん。アボリジニは都市を持たなかったからダメなの? それとも人口密度が低かったから?


だいぶわけわからんくなってきたので、とりあえずほかの「文明」と呼ばれるものと「文明」とは呼ばれないものを本棚から引っ張り出してきて、その概要を列挙してみた。なお、元々「文明といえばコレだろ」というモデルケースのように考えられていた「エジプト」「メソポタミア」は省く。



●アンデス文明


日本調査団が注目するのは、土器ではなく、むしろ神殿であった。これはのちの章で詳述されるように、土器以上に、社会発展における神殿の役割が重要であるという立場にたつものである。そこには神殿の建設や更新、そしてそこで執り行われる祭祀を通じて、社会が動き、農耕などの生業面を逆に刺激したという確信があった。従来のように、農業生産性が高まり、余剰作物が蓄積された後に、神殿建設に向けての投資が始まると考える経済基盤重視型の文明形成論とは全く異なるシナリオといえよう。

「古代アンデス 神殿から始まる文明」 朝日新聞出版


 ・国家を形成している→○
 ・ある程度の人口を有する→○
 ・国土となる領域をもつ→○


●マヤ文明

古代文明である以上、マヤ文明には、四大文明と同じような点が数多く存在する。たとえば、社会が世襲の「王」を頂点とするピラミッド状階層社会を形作っており、王家の神聖な「血統」が重視された点、「王」の下には、国家組織を統制管理する官僚的役割をもった貴族層が存在しており、これら支配者層が政治的権力を独占していた点、マヤ地域では職業的な専門工人の存在に関しては議論があるものの、王家や貴族など支配者層が自分たちの血統や事績を「文字」を使って記念碑に刻み残した点、支配のイデオロギーを示す装置として芸術が発展した点、その一方で社会の大多数は農民であり、支配者層に対して労役、農産物や特産品の献上を行っていた点、「王」の住む場所は中心地として高い人口密度をもち「古代都市」を形成していた点、などである。さらに、各文明の神話の中にも世界樹など似通った話が見られる。

「マヤ文明を掘る コパン王国の物語」NHKブックス



 ・国家を形成している→○
 ・ある程度の人口を有する→○
 ・国土となる領域をもつ→○

ただ、マヤは統一された国家はもたなかった。都市国家の集合体。


●ヴァイキング時代

しかし、鉄器時代後期のスカンジナヴィアにいくら独自な社会・文化の発展をみとめるとしても、文明を定義づけようとする場合にあらわれる指標にはほとんどあてはまらず、それを文明と呼ぶことはむずかしい。

<中略>

独自の社会と文化を有することと、文明であることは別なのである。

「ヴァイキング時代」 京都大学学術出版会


 ・国家を形成している→○
 ・ある程度の人口を有する→△
 ・国土となる領域をもつ→○

本を読む限り、ヴァイキング社会が「文明」と呼ばれないのは、地域・時代の差が大きく、あまり統一性がないからだと思う。それと人口密度の低さか。確かに文明というイメージではないが、王権と国家、それに社会システムという点ではインダス文明以上に文明の条件に一致しているようにも思われる。


●アマゾン文明

アマゾン地域の各所においてこれまでに発見され、現在も発見され続けている古代文化の特色とは何か。これらの古代文化を総合的に「アマゾン文明」と呼ぶことができるとすれば、この文明についていえることは何であろうか。
はじめにアマゾン文化の多様性について言及しなければならない。
<中略>
以上のような多様性と地域的広がりにもかかわらず、これらの文明には一つの大きな共通点が存在した。それは古代農業の発達と定着である。



ではどこが他の文明と異なるのか。
これまでの議論で答えは自ずと明らかであろう。大規模な都市、メトロポリスが建設されなかったということに尽きる。
<中略>
しかしこれはアマゾンの古代社会が小規模であったということではない。事実はむしろその逆で、アマゾン地域は過去においておそろしく人口密度の高い地域であった可能性がある。
<中略>
残されている文明の痕跡を見れば、モホス大平原だけでもその最盛期にはかつて数百万人の人間が居住していた可能性があると思われる。


引用元は「アマゾン文明の研究」現代書館


文字や都市は存在しないが、統一された概念や高い人口密度を持っていたため文明と呼べるのではないかというのが本書。都市がなかったのは「アマゾンのジャングルはそんなもの築くのに適さないから」ということらしい。高度な文化という意味では確かに文明の基準に達するかもしれないが、国家システムが存在しない…。

 ・国家を形成している→×
 ・ある程度の人口を有する→○
 ・国土となる領域をもつ→×

アマゾン文明は、インダス文明と似た雰囲気。
インダスを文明と呼ぶなら、こっちも文明でいい気がする。


●アステカ文明

引用する本が本棚になかった…ので本文なしだが、文明の条件には当てはまる。
植民地支配による統一国家になっていた時期もあり。

 ・国家を形成している→○
 ・ある程度の人口を有する→○
 ・国土となる領域をもつ→○


●ケルト文化

独自の文化はたくさん持っていたが、習合離散を繰り返して一つにまとまったためしがなく、「文明」というイメージには当てはまらない。

 ・国家を形成している→×
 ・ある程度の人口を有する→△
 ・国土となる領域をもつ→×

●縄文・弥生文化

邪馬台国・大和朝廷あたりまでいくと国家・社会のシステムは出来ているが、文明というほどの規模ではないな…という感じ。中華文明の周辺文化、ってかんじ。

 ・国家を形成している→△
 ・ある程度の人口を有する→△
 ・国土となる領域をもつ→△



*************************

以上、世界中の「文化」「文明」をならべて自分なりに考えてみた結果…、文化と文明の間に決定的な差はなく、規模による呼び名の違い であるという結論に達しました。


「文明」と呼ぶ基準には、「これとこれを満たすものが文明です」という確固たる条件はない。
条件がいくつもあり、そのうちの一定数をクリアすれば「文明」になる。
おそらく唯一の条件は、これ。

 ★周囲と区別できる独自の文化であること


「文明」とは「文化」の上位なので、まず「xx文化」と名前で呼べる固有の文化である必要がある。で、その中で、

 ・独自の文字を持つこと
 ・国家を形成していること
 ・階級社会を形成していること
 ・王権と政体が存在すること
 ・都市をもつこと
 ・一定以上の人口を持つこと
 ・独自文化がある程度の期間、持続していたこと

…といった条件を一定数満たしたものが「文明」と呼ばれるんではないかと。
条件が幾つあって、幾つを満たせば「文明」になるんじゃないかな…。

ただ、その「文明尺度」とでもいうべき明確な基準は、おそらく、まだ無いと思う。あるのかもしれないが、世界的に多くの学者さんで合意のとれてるものではないはず。ていうか作ってください本職の人(笑)  基準もよーわからんモヤモヤした言葉を使い続けるのは釈然としない。

条件さえ固まっちゃえば、今のこの線引きがよーわからん状態からは脱出できるし、「四大文明っていうけど、文明はたった四つじゃねえんだよコンチクショー」みたいな話で小一時間も議論する手間が省けるんですけどねー?

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