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zoom RSS 戦国とキリスト教の解釈、細川ガラシャの生涯

<<   作成日時 : 2014/05/08 00:10   >>

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なんとなく見つけたのでなんとなく読んでみた、細川ガラシャについての本。
文青文庫に行ったので、そのついでともいう。

細川ガラシャ (中公新書 2264)
中央公論新社
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「ガラシャ」は洗礼名で、本名は玉か珠だという。明智光秀の娘で、父の政変失敗により謀反人の娘として扱われ、一族郎党が死に絶えるなか一人生き残った戦国時代の武将の妻。その後、キリスト教に帰依するが、秀吉のバテレン追放令が発令され、苦難の人生を送ることになる。秀吉の没後、関が原の戦い直前に秀吉側の人質になることを拒み、夫の命に従って自刃す(または家臣に介錯させ)る。

…という概要はよく知られているものの、その生涯についての資料は、それほど多くは無い。
日本だけのことではないが、戦国時代の習いとして、夫である武将の記録は多くても、妻女については記録が少ないのは当然のことと言える。もっとも、文青文庫の展示品にはガラシャ直筆の手紙などもあったから、細川家が所有する情報として、同時代のほかの女性たちに比べれば、それでも例外的な多いほうかもしれない。



面白いのはガラシャ本人の書き残したものだけでなく、彼女に仕えた女性たちの書いたものも残っているということだ。日本は昔から、識字率が高い。高貴な女性たちはほぼ例外なく読み書きが出来る。歴史は往々にして文字の書ける男性たちの目を通した世界に固定されがちだが、女性たち自身の手でも記録がとられているというのは大きい。この本のなかで使われている資料は、細川家のオフィシャルな記録「細川家記」が男性による記録、縁者の女性による「霜女覚書」が女性による記録、と取れる。

ちなみにこの本の著者も、どうやら女性らしい。そのためか、女性ならではの発想や視点もあって面白かった。
難点を言えば、女性の悪い癖というか、感情移入しすぎているなと感じる部分が多かったのと、同じ情報の繰り返しが多かったこと。たとえば洗礼名「ガラシャ」が、本名の珠=賜物から来た「恩恵(グラシア)」だ、という情報は、全編を通して3回か4回は出てきた。ガラシャの次男が洗礼を受けた話や、子供の人数も同じくらい繰り返されている。「あれこの文章ちょっと前にあったよ。」という違和感を感じる箇所も多く、もうちょっと推敲したほうがいいんじゃ…と思った。

そして、根拠のよく分からない断定(〜に違いない」「〜だろう」)の多さも後半に入ると少し気になってきた。その断定のせいか、歴史研究書というよりは、ガラシャ・ファンによる彼女の生涯の思考を辿る本、のように感じた。
まあ淡々とした歴史書よりは一般人にも分かりやすいし、ガラシャだけに焦点を絞った本はたぶんあまり無いだろうから、これでもいいのかもしれない。



もっとも、この本がやりたかったのは歴史についての考察というより、「キリスト者としてのガラシャの生涯」のようだ。著者がキリスト教徒らしく、そっちが専門だと末尾に書かれている。

「カトリックでは認められない一夫多妻(側室)が当たり前だった日本での布教に伴う苦労」と、「自殺が禁止されているのに、改宗していたガラシャの死は認められていたのか」という二つの問題に紙面を割いているのは興味深かった。確かに、切腹も自刃も「自殺」には違いない。

著者の説としては、ガラシャが離婚を望んでいたことを挙げ、彼女と接触していた宣教師が「カトリックの教義上、離婚は認められない」と思いとどまらせたことを述べている。結婚生活は彼女の十字架であり、それを背負って生きることで主とともにあると諭したというのだ。

ガラシャが死なねばならなかったのは、夫が徳川方についたためであり、戦国武将の正室だったからだった。離婚するか出家していれば、人質として狙われることもなく、夫の命を受けて死ぬことはなかった。
その意味で、十字架を背負ったことによる死であるから、それは主の御心に沿うものと宣教師は考えた、というのが、説の概要だ。

もちろんこれは殉教ではない。
しかし宣教師は殉教として扱ったし、17世紀のウィーンではガラシャを元にした「気丈な貴婦人グラティア」なるオペラが上演されていたという。信仰に殉じた丹後国の王妃、という扱いだったらしい。



最後に、この本を読むまでは、ガラシャはただ祈りに逃げていただけの女性かと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。カトリックの教えには帰依していたが、その言動はあくまで戦国武将の正室のものである。

最期の自刃のエピードもそうだが、それ以前の夫との生活のなかでは、たびたび夫を恐れさせるような行動をとっている。生首をみても動じず床の間に飾り続けていたので夫が舅に頼んで取り除いてもらったとか、夫に「お前は蛇だ」と言われて、「鬼の女房には蛇がなります」と返したというエピソードなどは、気丈で己を貫く女性の姿が見える。さすがは光秀の娘、というべきか。まさしく「気丈な貴婦人」である。

そんな彼女がキリストの教えのなかにどんな救いを見出したのかは、今のところまだ私にはよく分からない。教えのなかにある「愛」は死と隣り合わせにある武将の妻の胸にどう響いたのだろうか。それとも「諸行無常」に対する「永遠」に惹かれたのか。

思えば、西洋の騎士たちも、人殺しを生業とし、死を日常としながら、相矛盾する神の教えを実行しようとしたのだった。日本のキリシタン大名たちは、騎士たちのような自己矛盾に陥ることはなかったのか。そんな次なる疑問を抱きながら、本を閉じることにする。

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