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zoom RSS 夏目漱石「薤露行(かいろこう)」――文豪はアーサー王伝説に何を見ゆる

<<   作成日時 : 2014/04/10 00:10   >>

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まずは概要説明。
この「薤露行」とは、夏目漱石が書いた、アーサー王伝説を下敷きにした同人誌である。主題はランスロットとグウィネヴィアの許されざる恋。そしてそこに「シャロットの女」伝説と、「アスコラットの乙女 エレイン」の伝説が織り交ぜられている。アーサー王伝説関連の本でも今まで読んだ本に出てきたことはない。ググってみたけど感想文を書いてる人はほとんどいなかった。それほどマイナー。

よろしい、ならばちょいとプッシュしてみようじゃないか。これを知らずば勿体無い。
何しろこれだからな。

画像


妙に和風チックなエレインとランスロット。

漱石はイギリスに留学していたこともあるから外国を知らないわけではないし、アーサー王伝説もちゃんと原文で読んでいる。でもイラストレーターは…中世の写本とか見てないだろうしね…。

文章もそうだし、色んな意味でジャポネスクになったアーサー王伝説、だがしかし侮るなかれ、これが面白いのだ。さすが漱石。さすが巨匠である。文章も情景も美しく、「ああ日本語ってやっぱりいいなあ」と思わされる短編だった。

たとえばこんな文章。

木に倚るは蔦、まつわりて幾夜を離れず、宵に逢いて朝(あした)に分るる君と我の、われにはまつわるべき月日もあらず。繊き身の寄り添わば、幹吹く嵐に、根なしかずらと倒れもやせん。寄り添わずば、人知らずひそかに括る恋の糸、振り切って君や去るべし。


館を訪れたランスロットに思いを寄せたエレインの独白シーンなのだが、言葉の響きがとても美しい。「根なしかずら」と恋を植物に絡めるのは、マリー・ド・フランスのアーサー王伝説を題材にした短詩の一つ「すいかずら」を思い起こさせる。

それから単に騎乗した騎士が通り過ぎるだけでもこんな感じ。

鏡の中なる遠柳の枝が風に靡いて動く間に、忽ち銀(しろがね)の光がさして、熱き埃を薄く揚げ出す。


もともとのアーサー王伝説の写本は、情景描写は挿絵に依存していて、文章の中では細かい情景をはしょっている部分も多いから、風景の見える文章でのアーサー王伝説というのは斬新に思える。


あとクライマックス付近でアーサーがグウィネヴィアと玉座で交わす会話が切ない。
ふつうアーサー王伝説は、グウィネヴィアとランスロットの不倫カップルの欲情ばかり書きたてて、アーサーとグウィネヴィアの夫婦が普段どうやって暮らしているのか、夫が妻をどう思っているのか、良く知られている勇名どころのエピソードでは、滅多に出てこない。アーサーとグウィネヴィアの馴れ初めの話はおそらく確立した神話としては無いはずで、敢えてそれを想像してさりげなく混ぜてきたのは流石だと思う。

そう、これが大事。従来の伝説の枠組みに縛られず、こうやって新しい要素を付け足していけるからこその生きた伝説なんだよ。ここにも語り部がいたよ。日本にもアーサー王伝説の作り手がいたんだ。



グウィネヴィアは、帰ってこないランスロットを待っている。
でも目の前には夫が居て、初めて出会った日の事を懐かしそうに話している。
古い記憶とかつての想い。嫁が浮気してる熟年夫婦でダンナさんが良い人、これは読み手も辛い。

漱石が書きたかったところだけ書いたという感じの断片的なお伽噺なのだけれど、密度は濃い。雰囲気としては漱石のべつの短編「夢十夜」に似ている。全部で5つの章に分かれているが、章分けの仕方もそっくりだ。

自分は漱石作品の中では「夢十夜」がいちばん好きなのだが、あの茫漠とした雰囲気が好きな人ならたぶんハマるとお勧めしておく。

薤露行
2012-09-27
夏目 漱石

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****************

なお、薤露行というタイトルの由来は、「人生は薤上の露の如く晞(かわ)き易し」という漢の無名の詩人による挽歌であるという。調べてみると、元の漢詩はこのようなものだった。

薤露歌

薤上露、何易晞。
露晞明朝更復落。



薤露(かいろ)の歌

薤上(かいじょう)の露、何ぞ晞(かわ)き易き。
露 晞(かわ)けば 明朝 更に復た落つ。
人 死して一たび去れば何れの時か帰らん。




草葉の上に宿る露は乾きやすいが、
乾いたとしても翌朝には再び露は宿る。
けれど人は、死ねば再び戻ってはこない。


読んだ後、この詩の意味を知って、ああ、なるほどなと思った。
「睫に宿る露の珠に、写ると見れば砕けたる、君の面影の脆くもあるかな」。
その露はエレインのものであり、またグウィネヴィアが最後に流す一粒でもある、ということか。

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