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zoom RSS もしも砂漠が舞台の文学で季節描写を入れるとしたら

<<   作成日時 : 2012/04/24 00:10   >>

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一昔前、日本には「外国には四季がない」と勘違いしている人が多かった。

それが何でなのかはよくわからない。自分も子供の頃はなんとなく、「日本ほど四季のハッキリしている国はない」と思っていた。もちろんそれは間違いで、四季が日本以上にハッキリしている国もあれば、冬が三段階に分かれていて冬と冬以外で四季な国だとか、夏と冬と雨季二回で四季な国だとか、世界にはいろんな気候の場所がある。

その勘違いの原因の一つは、もしかしたら、文学に表現される季節の違いにあるのではないかとフト思った。


日本の小説では、「もみじが色づいた」「さくらが咲いた」といった季節描写がよく出てくる。
俳句には季節をあらわす季語を入れ無くてはならないルールがある。
それぞれの季節を象徴するシンボルが決まっているので、それが出てくると「ああ、この場面はこの季節なんだな」と理解することができ、四季の移り変わりをイメージとして受け入れやすくなる。

しかし外国の文学となると、季節描写のやり方がまず違っている。季節の移り変わりを表現する術はあっても、その方法が違っているので意外と気づいていないのではないかと思う。

たとえばイギリス文学で「ヒース」といえば荒野のシンボルで、「ヒースが咲く」といえば秋のこと。
スグリの実を食べるといえば春から初夏にかけて。

日本でいうと、それぞれ「ススキの穂」、「さくらんぼ」あたりに該当する季節の植物アイテムかと思う。


そんな感じで、季節がないと勘違いされがちな「砂漠」が舞台の文学作品で季節を判別する方法が何かないかとちょっと考えてみた。元ソースはアラビア語からの翻訳に限らない。それ以外の言語で書かれたものでも「砂漠」が舞台の文学ならOK。


・星座

意外にこれが一番、分かりやすいのではないかと思った。
砂漠の場所が固定なら、夜間に出ている星座の描写が出てくると一発で季節が分かる。砂漠は空気が済んでいるので星がよく見える、ためにサハラなどの広大な砂漠では進行方向の確認を星で行うのだという。
空気の乾燥した国では、空気中に水分多い日本では想像もつかないほどクリアな夜空が見える。


・お祭り

やはり砂漠というとイスラム圏が多いので。イスラム(ユダヤもだが…)の暦はお祭りで区切られている。たとえば、「プリム祭の後で」などと出てくると、だいたい春頃の話なんだなと分かる。
日本で例えると「お水取りの頃」あたりに相当するか。
イスラム文学だと「過ぎ越しの祭り」の出現頻度が高いような気がする。


・砂嵐

日本にいると実感が沸かない「砂嵐」。砂嵐は一年中ではなく季節モノで、頻繁に砂嵐がやってくる時期というのがある。「春一番」みたいなノリの季節描写。


・らくだの出産

馬や牛の出産同様、らくだの出産というイベントも「春」を思わせる季節モノのイベント。


こうしてみると、日本の場合、季節描写を植物や動物、食べ物などで表現する場合が多いのかなと思った。砂漠の場合、植物はほとんど無いので植物による季節描写がしづらい。食べ物も、日本のように季節によって変化する食べ物は少なく、特別なお祭りの時に食べるもので表現することになるので、これもピンと来づらいのかも。

というわけで、文化圏が異なると描写の方向性が違うから、イメージしづらい場合もあるかもよ。という話でした。

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