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zoom RSS 今月のナショジオ 特集「マルセイユ」港町は移民の町に

<<   作成日時 : 2012/03/06 00:10   >>

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マルセイユといえば、フランス最古の港町。しかし今やその街は、移民たちの街になりつつあるという。ヨーロッパに増えつつある世界各地からの移民。入り交じる人種・国籍と宗教。その中で何とか平和を保てているマルセイユの、危うい均衡に焦点をあてるのが今回の特集内容。


歴史上、フランスは何度も宗教がらみでイタイ目を見てきた。

ユグノー戦争に代表される、カトリックとプロテスタントの対立に伴うプロテスタントの迫害と国外脱出のあたりの歴史は、文学などの芸術作品や、人材流出に伴う他国でのフランス人の活動など様々な方面に影響している。
だから、というのもあるのだろう、近代フランス人たちは、政教分離を原則として、政治に絡む宗教色を徹底して排除しようと試みてきた。その反面、過去様々な宗教の移民たちを受け入れ続け(その一部は不法侵入者や侵略者たちでもあったが)、多文化を抱えてきた国でもある。そんなわけで、他宗教にズボラな日本人などには無縁の気遣いを強いられている国というイメージがある。移民たちの「見た目」や「社会的地位」より宗教がまず重要視されるフランス特有の事情の裏側だ。

フランス人はよそ者に冷たい、特にパリっ子は排他的だなどと言われるが、決してイメージだけの話ではないと思う。「よそ者」たちの持ち込む宗教が国内に再び混乱を引き起こすのではないかという、根強い警戒心もあってのことだろう。何時の時代も、平等とは強い者だけが持てる特権的な幻想である。我が身を守るために他者を遠ざけようとするのは、弱きもの、脆い価値観の上に成り立つ世界の必然だ。

2011年に可決されたのが「ブルカ禁止法」も、そうしたフランス特有の事情の上に成り立っていると考えるべきだろう。決して日本的な間隔で一概に「差別的」とかバッサリ言って済む話ではない。アフリカ移民、ことにイスラム教徒が非常に多く、彼らは生活と宗教が切っても切り離せない。政教分離が事実上不可能な人々をフランス国民として受け入れることは、今のフランスでは無理だろう。生活の一部となっている宗教的な慣習を少しずつ諦めてもらわなくてはならない。そのための法律だ。


さて、マルセイユは、パリに比べれば異なる宗教を持つ人々間の対立が少ないと言われている。それは政治の成功でもあるが、決して安定したものではない。自らのアイデンティティーに悩む者もいれば、差別的な見方が消え去ったわけでもない。そして皮肉なことに、様々な民族、宗教をもつ人々の集団をまとめるマルセイユの成功の秘訣は、フランスが全面的に押し出してきた「政教分離」の意図的な廃止であるという。宗教はコミュニティを作る。ユダヤ教徒ならユダヤ教徒、イスラムならイスラムで人々は集団を作る。その集団それぞれの権威者、長老やラビ、法律学者といった人々が互いに協定を結んで、自らのコミュニティをそれぞれ律してきたという。つまり宗教を利用して治安を維持してきたというわけだ。

多くの移民を受け入れつつあるヨーロッパ、そして今すぐに移民の受け入れをやめたとして、すでに移住した人々の子孫たちをこれから抱えていくであろう諸国にとって、果たしてこのマルセイユのやり方は真似していいものなのか。あるいはマルセイユの今の危うい均衡も、いずれ崩壊してしまうものなのか。



安い労働力を確保するのに移民は受け入れざるを得ない、しかしそれによって国内の治安が悪くなるのは避けたい。難しい話だなぁ、と。日本人はあんまり宗教にうるさくないのと、過去に宗教が原因で起きた内乱なんてものがなく、最大でも天草四郎の乱とかあのくらいなわけで。そりゃ国を二分して何十年も戦争やってりゃ宗教問題に敏感にもなるやな。とか。白人至上主義なんて思想が第二次世界大戦くらいの頃にはあったりして、そのあたりもあって移民と元々の住人との間で軋轢があるっていうのも考えられる。

結論は出ないが、しかしヨーロッパの苦悩について考えさせられる記事だった。

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