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zoom RSS 大いなる魂と心の言葉とともに。パウロ・コエーリョ「アルケミスト」

<<   作成日時 : 2012/03/21 00:10   >>

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「僕の心は、傷つくことを恐れています。」ある晩、月のない空を眺めている時、少年は錬金術師に言った。
「傷つくのを恐れることは、実際に傷つくよりもつらいものだと、おまえの心に言ってやるがよい。夢を追求している時は、心は決して傷つかない。それは、追求の一瞬一瞬が神との出会いであり、永遠との出会いだからだ。」



ブラジルの作家パウロ・コエーリョによる「アルケミスト」、アルケミストはもちろん「錬金術師」のこと。だがここで言う錬金術とは、石を金に変える魔法使いのことではない。魂の探求者、賢者のことを指す。

主人公はアンダルシア出身の羊飼い。羊飼いである理由は、この世の王である主がかつて教えを説いた羊飼いになぞらえていると思われる。宗教っぽさもあるが宗教というよりは哲学で、スピリチュアル系の本だと聞いてはいたが、特にそんなふうでもなく、小説として普通に読める本。
雰囲気としては、同じくスペインを舞台としたロード・ダンセイニの「魔法使いの弟子」に近いかもしれない。

あらすじは、旅に出たいという願いから、神学者への道を捨て羊飼いとなったある少年の、アフリカへ、そしてエジプトのピラミッドへと至る道だ。錬金術、大いなる魂(アニマ・ムンディ)、エメラルド・タブレットなど、オカルトファンなら喜びそうな単語はあちこちに散りばめられているが、主題はあくまで神の真実。ここでいわれる錬金術とは、「オカルト」に成り下がった時代の錬金術ではなく、キリスト教の僧侶たちがこぞって錬金術にハマり、賢者の石=完璧なるもの に 神の叡智を見、フラスコの中に見える物質の法則に神の理を感じていた時代のものと見るべきだろう。

(そう、キリストは石をパンに変えた。その奇跡を信じるならば、石が金に変わるのもまた神の奇跡として真実であるべきなのである。錬金術=黒魔術だから聖職者とは相容れないだろう、というのは間違い。)


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自分は、読む本を決めるときは、とりあえず適当に書架を見ながらウロウロする。手にとってパラパラとめくってみて、開いたページが面白ければ、その本は読むべき本である。タイトルや表紙がいくらよくても、最初に開いたページに何も感じなければ、その本は読むべき本ではない。

それが「前兆」だ。


この小説にはくりかえし出てくるキーワードがいくつかあるが、「前兆」というのはその一つ。自分が本当に成したいこと、成そうとすることの前にはすでに道ができており、前兆となるものがいくつも散りばめられている。人はそれを見落とさぬようにして歩くだけで目的を達せられるのに、多くは途中で諦め、または道を間違え、結局は到達できるに終わるのだという。

それは下卑た言い方をすれば、RPGでいえば「なぜ勇者の道すがらには都合のいい宝箱が落ちているのか」ということへの回答なのである。勇者のゆくべき道は決まっていて、なすべきことに向かう限り「前兆」となる宝箱が現れ続ける。

もちろん私はいわゆるスレた大人なので、だからといって「そうだったのかぁ!」などと天啓を得るわけもない。大いに宗教じみた考え方であり、「なすべきことを成していればいつか夢は叶う」などというのは現実派からすればお伽話にしか思えない。これはRPGの主人公たる勇者のように、自らの「運命」を持つ、選ばれし人間の話でしかないことも知っている。

そもそも運命を持たずに生まれてきた者は、または運命に目覚めなかった者は、そもそもそこに向かう道に向かうことは出来無いのだから、前兆など無意味だし、前兆が道の途上にある者にしか見えない以上、現時点でいる場所が既に夢に至る道でない者には意味のない話だ。

さてしかし、スレてヒネた人間である私にも、この本のいわんとしていることは、よく分かる。
言い方が詩的でとてもうまい。「死んだ夢は心の中で腐り始め、悪臭を放ち始める」などという言い回しはなかなかのものだ。文筆家ならではの表現だろう。
ストーリーとして真新しいものはあまりない。分量も短く、淡々としている。ただ、散りばめられた宗教・哲学・歴史的なイメージと、それを表現する筆が上手い。少年は単にピラミッドへ宝探しに出かける。しかしその宝はただの黄金ではない。使い古された言い方をすれば、人にとっての真の宝とは、人生を切り開く力であり、知恵であり、経験なのだ。


私はスレた人間なので、主人公の少年のように純真な魂を持って人生とは向き合えない。人には定められた運命があるとも、そこに至る道がすでにあるとも信じていない。歩いたあとに道ができ、最終的にたどり着いた場所が運命になるのだと思っている。

ただ、この本はとても面白かった。

少年は旅の最後に大いなる叡智を得るが、それでもまだ未熟で、無知な状態にある。賢者であるアルケミストは少年に様々なことを伝えるが、それは教えたのではなく本来知っていたことを呼び覚ましただけなのだ。
人はみな、知るべきことはもう既に知っている。エメラルド・タブレットに書かれた真実はたったの二行に過ぎない。国や言葉が違うから表現するすべが変わり、たったの二行のその言葉を理解するために、色々と言葉を費やし、言い方が変わるだけなのだ。


*****

錬金術を哲学視点から眺めた本。「心理学」とはいうものの、内容は人間の精神探求について。
分厚いが、錬金術が聖職者に好まれた理由などもココで分かる。

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