現在位置を確認します。

アクセスカウンタ

zoom RSS 昨年発見の118基めのピラミッドから、シェシェティ女王のミイラ発見。

<<   作成日時 : 2009/01/16 22:14   >>

トラックバック 0 / コメント 0

お待たせしました。(?)
新年会だ何だでアップ出来てませんでしたが、やっぱり食いつくよコレ。

女王のミイラ、ピラミッドで見つかる(ナショナルジオグラフィックニュース)

去年の11月にエジプトの考古学者チームが発表した4300年前のピラミッドから、女性のミイラの一部が発見された。当初の予想通り、古代エジプト第6王朝の初代ファラオの母、女王シェシェティである可能性が高いという。


と、いうわけで、昨年、新たに発見された階段ピラミッドの残骸の中からミイラが見つかりました。
実際に王を名乗って王権を握ったかどうかはともかく、非常に権威を持つ女性だったことは確かなので「女王」と呼ばれてますが、正確には皇后という感じのニュアンス。

何処からツッコミを書こうかと思ったのですが、どうやら吉村作治が正月の特番で「ピラミッドは墓じゃない!」という例の自説を吹聴しまくっていたらしく、「吉村涙目wwww」な感想を抱く人がいたようなので、まずはそこからいきますか。

その正月の番組は見ていないのでアレでナニですが、恐ろしいことに吉村作治とザヒ・ハワス博士の説を戦わせるようなことをしていたそうで。喩えるなら亀田と世界チャンピオンを戦わせ…いやまぁいいや。
本来、戦わせるべきものでもなければ、勝負になるはずもないレベルです。


 吉村作治
   =世界的な権威はなく、知名度も低い
    (早稲田の発掘隊自体は知名度はある)

 吉村説
   = 一般人は騙せても、まともな学者は相手にしない


 ザヒ・ハワス博士
   =世界的に権威があり、知名度も高い
    (学者としてより、エジプト考古学庁のトップという意味で)

 ザヒ説(と、されたもの)
   = 世界的な常識、一般的な学者の説


…こんな感じ(笑) いやマジで。
涙目以前に自業自得といいますか、いつかコケるべきものが今コケた、というだけの話だったり。その点、大々的に特番をやった直後で注目の集まっている時とは、本当によいタイミングでの発見でした。黒き大地の神々からの素敵な贈り物ですね。羨ましいです。もちろん嫌味ですよ。


ピラミッド、とくに古王国時代にギザ周辺に作られたものは、以前から王の墓である可能性が非常に高い、とされていましたから、ピラミッドの中から実際に王族のミイラが出てくるのは、むしろ想定の範囲内。 可能性をさらに高める重要な証拠とはいえ、定説通りということになります。


サイト内では何度も言ってますが、

 「ピラミッドは墓ではない」という説は、世界的に見て一般説ではないし、
 それが一般常識とされたこともありません。
(※1)


…日本という局地で見れば、一時期、常識のように扱われたこともあったかもしれませんが、残念ながらそれらはあまりに根拠の薄いものでした。

「王の墓である」とする説は昔から言われてきた「定説」ですが、何の検証もなく定説だからという理由で妄信的に信じられてきたわけじゃないのです。いくつかの例を挙げると、以下のような根拠があります。


(1)衛星ピラミッドからは、ミイラの一部と副葬品が見つかっている

クフ王のピラミッドの側にある、小さなピラミッドの中からはクフの母と思われる王妃のカノポス壷(ミイラから取り出した内臓を入れる容器)が、中身の内臓ごと見つかっています。また、盗掘に遭ってはいましたが、副葬品の残骸も見つかっています。
「ピラミッドからはミイラが見つかっていないから墓ではない」という説は、そもそも、この時点で成り立ちませんでした^^;
ミイラ本体が見つかっていなくても、ミイラとセットで墓に収められたはずの内蔵が残っていたら、その時点で「ミイラの一部が発見されている」わけですから。


(2)マスタバは王墓として確定しており、ピラミッドはマスタバから発展したものである

ピラミッドが作られる以前は、マスタバ(アラビア語でベンチの意)と呼ばれる平たい墓でした。マスタバは、中から骨が見つかっており、実際に墓として機能したことは間違いありません。そして、初期の階段ピラミッドは、そのマスタバを積み重ねることによって作らたものでした。最初の「ピラミッド」であるジェセル王の階段ピラミッドの内部には、最初に作られたマスタバが埋まっています。下図参照。

画像


ピラミッドは試行錯誤を経て、やがて階段ピラミッドから滑らかな表面を持つ真正ピラミッドへと進化します。その過程では失敗作のピラミッドもあり、クフ王の父・スネフェルは、前代の王の作りかけピラミッドを再利用したり、傾斜が緩やかすぎるピラミッドを作ってみたりと苦労しています。


(3)ピラミッド内部には死者のための呪文が書かれている。

内部に描かれる呪文はピラミッド・テキストといって、死者が冥界に下るための心得の書、死後の世界で復活するための様々な呪文、死後の世界に住む魔物たちから身を守るための知恵などを記したものです。日本で言う「お経」みたいなものですが、第五王朝以降、ピラミッド内部には、これらがイラストいりでビッシリと描かれます。
ピラミッド・テキスト(死者の書)は、死後の世界で役に立つもの、つまり死者のためのもの。
ピラミッドが死者のための施設でないならば、それは描かれることはなかったでしょう。

死者の書は、ピラミッドが作られない時代になっても、棺や護符、またはパピルスなどに記されてエジプト古代王朝の終焉まで残っていくことになります。



吉村氏がテレビや著書でやいのやいの言っていたことは、これらの証拠を黙殺または歪曲してしまい、十分な反論にはなっていませんでした。また、自説であるならば論文として公表し、同業者からの批判なり賛同なりを得てブラッシュアップすべきところ、この人はなーーんにもしてない(笑) と、いうより出来るレベルじゃなかったんだと思いますが。
思いつきで言うなら誰にでも出来る。単にウケ狙いで適当に大口叩いたらズッコケただけなので誰も援護できないし、援護する必要もなかろうかと思います。



ただ、今回の発見で、全てのピラミッドが墓と確定したわけではありません。

エジプトで現在発見されているピラミッドは118基です。
ピラミッドが作られていた期間も、第三王朝から第十七王朝までの約1000年にも及ぶ期間であり、目的や形式が変化した可能性があるからです。

もっとも、第十八王朝以降、王家の谷にもピラミッドはありました。王族の墓としてではなく、個人の墓のオブジェとして使われていたようなのです。こんな感じで。

画像


また、エジプトを模倣して作られたヌビアの「黒いピラミッド」も王族の墓です。現在は中の副葬品を盗掘するために片っ端から壊されていますが、遺体が埋葬されていたことは確認されています。

ということは、ピラミッドは、最初に建てられたときも、最後にたてられた時も墓を想定していたことになり、時代を通してずっと目的は変わらなかった、ずっと墓として使われることを考えていた可能性が高いのでは? ということが言えます。


墓として使われなかった可能性のあるピラミッドは、一つには「空墓」が挙げられます。墓は作るけど実際にそこに遺体は収めない。というもの。古代エジプトの王たちの一部は、実際の墓のほかに聖地とされたアビュドスにも墓を作っていたことが確認されています。そうした「自分に思い入れのある土地に作るピラミッド」があったとすれば、実際の墓として使われなかったかもしれません。

もう一つは、墓の一部として、副葬品だけを収める、いってみれば「財宝庫」です。
クフ王のピラミッドの側に、それらしい一基の存在が確認されています。

118基の中に、またはこれから発見されるピラミッドの中には、こうした、「墓ではないピラミッド」の存在も混じっているかもしれません。或いは、クフ王のピラミッドのような巨大で目立つものが、「墓ではないピラミッド」の可能性も、まぁ無くはないわけです。テキトーなことを言う自称・世界的権威は勝手に涙目になっていただいて結構なのですが、物事は墓か墓じゃないかの二者択一ではないこと、まともな学者さんなら、ひとつの発見ですべてに結論を出そうとするわけがないことは、是非ともご留意願いたいものです。


****

と、いうわけで前置きが長くなりましたが(前置きだったんかい!)、今回の発見についてのツッコミです。
またこの報道の仕方がえらい抽象的で、「シェシェティの名前は確認されていないが、あらゆる状況からしてシェシェティのものに間違いない」と、いうような言い方をしています。

あらゆる状況ってなんやねん? と、思う方もいるんじゃないかと思うんで補足…

実は、盗掘を受けたピラミッドの一部は、後世に墓として再利用されていました。
まーなんか… 丁度良かったんですかね…。で、再利用されてまた盗掘に遭う、とか、そんな状況なんです。

ギザの三大ピラミッドで最も小さいメンカウラー王のピラミッドがその1つで、王の棺は見つかったんだけど中身はなく、一緒に見つかった人骨はコプト時代のものと判明。棺もサイス朝(ピラミッドが作られてから二千年ほど後)のものでした。

つまりミイラが見つかっても、それが新しかったら墓が再利用されただけでシェシェティのものではなかったわけですが、今回発見されたミイラ…の残骸は、残骸であるがゆえに本物。これが「あらゆる状況」の「あらゆる」に隠された詳細です。多分ね。

ちなみに、ミイラの状態から大まかな時代を判別するのは、専門家であればおそらく可能。
一口にミイラといっても時代ごとに包帯の巻き方やスタイルは異なりますし、ミイラ作りの技術もだんだん進化していきます。古王国時代以前は、時代が古いこと、技術が不完全なことから、骨しか見つかりません。ちなみに古王国時代からもっと新しくなって中王国時代になると、「乾かしただけじゃダメっぽいから、乾かした上から漆喰を塗ってしまえ」…と、考えたらしく、全身キプスみたいな石膏の塊ミイラが見つかっていたりします。

また別に思いつく「証拠となる状況」は、副葬品でしょうかね。黄金製品が幾つか見つかっているようですが、時代ごとに流行りの意匠や可能な技術があるので、そのスタイルを見れば、時代の鑑定は出来ると思われます。


また、もう一つのツッコミどころが、ここ。

16平方メートルの埋葬室は壁に碑文がない。これは、壁に碑文を彫るという風習が女性の墓でいつごろ始まったのかを知る手掛かりになるという。


碑文ちゅーのは、おそらく上のほうで書いた「死者の書」ですかね。それ以外にも名前を彫る習慣を示すかもしれませんが…

クフ王のピラミッドなど、第四王朝時代のピラミッドは、ただバカでかいだけで内部には文字がありません。工事中のメモなどの落書きを除けば、ですが。
内部に装飾がビッシリ描かれるようになるのは第五王朝のサフラー王のピラミッドから。「死者の書」(ピラミッド・テキスト)を壁に描いたのはウナス王から。今回発見されたシェシェティの墓は第六王朝なのでピラミッド内部に装飾があってもいいはずだけど何も描かれていない。と、いうことは女性の墓は当初、無地のままにしておくものだったのだろう…

と、いうのが前提にあって、「壁に碑文を彫るという風習が女性の墓でいつごろ始まったのかを知る手掛かりになる」という一文に繋がるわけです。

しかし何ですよね。このニュース… あれだ、前々から思ってましたが


 古代エジプト王のマザコン率は異常


女神様の扱い見てても女性の権利がやたら強ぇえっていうか(笑)
だが古代エジプト人のそんなところ嫌いじゃないぜ。もうカーチャン J( 'ー`)し がハトホル様にしか見えない。

画像

エジプトの偉大なおっかさんに、敬礼ッ!



*************************
(※1)
ジェセル王が複数のピラミッドを短期間に建造していることから、「墓なら複数建てる必要はないんじゃない?」→「ピラミッドは実は墓ではないかもしれない」という説が誕生。(=吉村作治がテレビなどでテキトーに言ってる説の大元)

その後あんまり言われなくなってるのは、ピラミッド周辺から実際に埋葬に使われた小型ピラミッドや一般庶民・貴族の墓などが多数でてきたり、墓としては使われなかったと思われるピラミッドが出てきたりして、複数作ってても墓ではないという根拠にならなくなったからだと思う。

*************************
【今後の吉村特番を予想】

●ピラミッドは王の墓ではない!を変更して「クフ王のピラミッドは」王の墓じゃない! に変更
●ツタンカーメン暗殺説のごとくピラミッドの話題を摩り替えて「公共事業のために作られました!」 と自説を強調
●クフ王とツタンカーメンを捨ててクレオパトラに走る

さぁどれだ。そろそろ苦しくなってきたぞー。
あんまり適当な嘘をついてると、何か発見されるたびに涙目にならなくちゃいかんので、そろそろマトモなことを喋ってはどうかと…無理か。


************************
もっと詳しく知りたいぜ話聞かせろ! な、人はこちらをどうぞ。
ピラミッド=公共事業説も、穴だらけです。

初めての方に―ピラミッドは、何のために作られた?】

ピラミッドは、何のために作られた?(ハード版)

ピラミッドを作った王たちの墓の位置を巡る議論


テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

昨年発見の118基めのピラミッドから、シェシェティ女王のミイラ発見。 現在位置を確認します。/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる