テーマ:エジプト

古代エジプト・中王国時代の銅採石場跡/シナイ半島。たどり着くのも大変そうだが

中王国時代から使われていたという、銅鉱石やトルコ石の採掘場の資料があったのでちょっとメモ。 ちなみに古代エジプト人は、ピラミッド作っていた時代にはもうシナイ半島まで遠征して銅を採掘していた。採掘した銅で作ったノミを建設に使用していたのだ。 銅やスズの手に入る場所は限られていたため、古代世界では産地を押さえた者だけが青銅の武器を作れる…
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懐かしのノリのトンデモ本「古代世界の超技術」

レーベルはブルーバックスというまともなところだが、工学博士(物理専門)が旅行でハマった古代文明について全く知識がないまま憶測であれこれ断定していくという、とんでもなく香ばしいスタンスの本である。このノリは90年代後半あたりに流行った「トンデモ本」だと思う。 ぶっちゃけ人文学としての知見は一ミリも得られないし、まともに読むと疲れると…
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フィラエのイシス神殿、最後まで守ってたのはどうやらヌビア人だったらしい

フィラエのイシス神殿というのは、エジプトにおけるナイル川の最上流、アスワンにある神殿のこと。 川の中にある島に建てられている神殿で、イシスがセトの追撃を逃れながら息子ホルスを育てていたナイルの中洲の島を模している。 こういう感じの場所である。 https://en.wikipedia.org/wiki/Philae …
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古代エジプト人は「サフラン染め」の布をミイラに使ったか。/古代エジプトの「古代」の範囲が違う&訳語の変化に追いつけ…

サフランは、秋咲きクロッカスの雌しべ部分を使用した香辛料/染料のことだ。一本の花からとれるのがわずか3本と少なく、世界で最も高級なスパイスの一種と言われている。 そのサフラン、ペルシャ人が大好きで、今でも中東地域の色んなお菓子に使われている。またアラブ人が征服しにいったスペインにもサフラン料理は残されており、パエリアにサフランを入れる…
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現代人も心が痛い訓戒集。「シュルッパクの教訓」

古今東西、「教訓文学」と呼ばれるものを持つ文化圏は多く在る。 たとえば古代エジプトの「プタハヘテプの訓戒」「イプエルの訓戒」「アメンエムオペトの訓戒」など訓戒シリーズや、古代北欧の「オーディンの箴言」など。父親や神など年長者から息子や弟子、後世の若者などに伝える形式となっている。 古代のメソポタミア、シュメール人にもそれはあった…
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エジプト文明の源流を探して。西方砂漠に残された壁画の研究から

古代エジプト文明の始まり、特に初期王朝を築いた集団は、アフリカ内陸や西方砂漠とのつながりが強いという研究がある。 そもそもサハラ砂漠が乾燥化して水があるところに人が移動してナイル渓谷に纏まった数の人間集団が出来るところからスタートなので、西方砂漠から移動してきた人たちが文明の着火役なのは特に不思議ではない。 最初に王国の原型を作った…
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ファラオ・アメンホテプ1世のミイラ、CTスキャンされる。(※実は初調査ではない)

第18王朝のファラオ、アメンホテプ(アメンヘテプ)1世のミイラがCTスキャンされたよ、という話が年末に流れていた。 このファラオは、古代エジプトの黄金時代を築いた第18王朝初頭の王様で、新王国時代の基礎の多くを、特に葬祭に纏わる伝統を築いた人である。 「王のミイラは腕をクロスさせてつくる」とか「墓はピラミッドではなく崖に掘った坑…
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世界各地のお正月、冬に一年が区切られるほうが少ないんじゃよ。という話

お 正 月 ― ! さて、現代では1/1がお正月(あるいは、イベントはしないまでも一年の区切りと認識する)という国が多いですが、実は伝統的な暦では春はじまりが多いです。主に農業が主体の地域。 農業の区切りとなる時期に一年始まったほうが都合いいですからね。麦作の地域は3月半ばくらいが多いです。 シュメルの暦などはわかりやすく…
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アラブ人移民が来る前のヌビア地域はどんな場所だった? 古代の人骨から見る世界の繋がり

この論文はなかなか面白いな、と思ったのでメモ。 ヌビア地域というのは、ざっくり言うとナイル川上流ののエジプト北部とスーダン南部地域で、古代エジプトの時代にはエジプトの南の支配地域、植民地か属国のような扱いだった場所。 6世紀以降は紅海からイスラム教徒/アラブ人が移住してきて優勢となるが、それ以前にはキリスト教徒の土着民が多かった。 …
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「鷹の首」を得るには何人の裏切り者が必要か。ラメセス3世暗殺と、「後宮陰謀パピルス」のあらまし

ラメセス3世は、第20王朝の王。「最後の偉大なファラオ」と呼ばれる人物で、古代エジプト栄光の時代はここで一度、事実上の終焉を迎える。(以降の王たちは短命で、対外遠征や大規模な記念物の建造など目立つ業績が無い) 偉大だったラメセス2世に憧れ、自らの即位名や息子たちの名前をラメセス2世に倣って付けるというガチ勢っぷりを示すものの、第1…
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古代エジプト・知られざる紀元前4千年紀「白色交線文土器」

見慣れてるし、何ならわりと好みだったあのツボの独特の模様、実は名前あったらしいんですよ… え?! 君そういう様式だったの? みたいな。だけど日本語でググっても出てこなかったので、自分で書いて置いときますね… White cross-lined または C-Ware →和訳では「白色交線文」 こういうやつですね!! …
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古代エジプトの書記の三段腹の意味するところ、とは。

古代エジプトの書記坐像は、おなかの皮がたるんで三段腹になっていることが多い。こういうやつ。 この三段腹について、「太っている=裕福であることを表現している」のような説明をよく見かけるのだが、なんか違うな?? と思った。 太ってたら、下腹が出るから。 そう、これは、そのまま見れば、太っている表現ではないのだ。…
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過酷なヘレニズム大奥を生き抜くためには。エジプト女王、アルシノエ二世の人生とその後

アルシノエ二世とは、プトレマイオス朝の二世代め、プトレマイオス二世の実の姉にして妻であった人物だ。 アレクサンドロス大王亡き後のヘレニズム世界で繰り広げられた、後継者たちの争いーーディアドコイ戦争と、その直後の時代を生きていた。 そして、プトレマイオス朝で初めて、兄弟姉妹婚をした人物でもある。 …そう、のちに最後の女王、クレオ…
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東地中海世界の文化圏の交錯:キプロス島から古代エジプトの遺物が発見される。

キプロス島は、東地中海のちょうどいいとこに存在する島である。 エジプト文化圏とも、メソポタミア文化圏とも、アナトリア文化圏とも、そしてギリシャ文化圏とも被っている。なのでそれらの遺物が重なって出土する。 今回報告されている発見も、その一つだ。 Gold Jewellery From The Time Of Nefertiti …
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悪の宰相は(たぶん)お仕事めっちゃ忙しいし、二人セット。古代エジプト・新王国時代の政治体制

古代エジプトの政治体制がどうなっていたか、というのは研究が一杯でてるんだけど、わりと日本じゃ知られてないっぽいなぁ。と思ったので、メモしておきたい。 *これが体制表(出典元: ファラオの生活文化図鑑/原書房) 重要ポイント:エジプトものの創作でよく使われる新王国時代には宰相は二人いる。 これは上エジプトと下エジプト…
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古代エジプト王の冠はなぜ残っていないのか。~各王ごとに作っていたはずなのに?

古代エジプトの王の冠は、下エジプトを意味する「赤冠」と上エジプトを意味する「白冠」を合体させ、二つの国の統治者という意味で「二重冠」だ。 こういうやつ。 被っているところのイメージ図としては、こんな感じ。 それなりに硬い材質でないと形が潰れてしまうので、木の枠に布を貼るとか何か工夫をして作ってたのだと思われ…
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中世エジプトはメッカ巡礼のための拠点だった。~古来からの観光都市のお仕事

イスラム教徒は、生涯に一度はメッカ巡礼をしたいと思うもの。 という話はよく知られているし、現代においては巡礼はだいたい飛行機で現地まで行くものだが、近代以前の飛行機のない時代には、船で海路から乗り付けるのが一般的だった。 というのも、陸路だとベドウィンなどの盗賊に襲われやすいからなのである…。 そしてサウジアラビアの地理上、海…
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「黄金の舌」のミイラは珍しいものではなかった? バルセロナ大の発掘で事例が増えた。

少し前に流れたニュースがこちら。 彼は死後、神と対話出来たのか。エジプト、タップ・オシリス・マグナから「黄金の舌のミイラ」発見される https://55096962.at.webry.info/202102/article_3.html そして今回はオクシリンコス(現代名: El-Bahnasa)からの発見。 あれ? …
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「ホルスの瞳」には眉毛と睫毛が必要だった。リアルのハヤブサと比べるエジプト美術

「ホルスの目」とは、古代エジプト美術でよく出てくるコレ。 まゆげやまつげ、くるくると巻いた特徴的な涙のような部分などがあるが、これら全てがセットになった状態で「完全な目」とされていた。 何でこんな形状になったのか、あんまり意識していなかったのだが、実はこれは現実世界のハヤブサたちの模様をデザイン化したものだ、という。 …
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古代エジプトの国際言語文書、「アマルナ文書」の数とリストを探してみた

「アマルナ文書」とは、古代エジプトの歴史の中で第18王朝、そのうちアマルナに都のあった特定の数十年を指して呼ぶ時代区分だ。 有名なツタンカーメン王の生きた時代も、そこに当たる。 アマルナの都は短期間で放棄されてしまったため、持ち出されなかった文書類もそのまま都とともに砂に埋れ、長年残ることになったのだ。 その文書なのだが、古代…
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東地中海世界のガラス製造の歴史と産地/最新の研究から。

古代エジプトは、古くからガラス製品を作っていた地域だ。博物館や展覧会などで、古代エジプトガラスを見かけたことのある人も結構いると思う。そのエジプトガラスの研究についての、最近の知見がこちら。 A Brief Scientific History of Glass | Science | Smithsonian Magazine…
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メガテンで神話の知識を覚えた人も多いハズ…

むかしむかし、まだスマホが無かった時代の若い衆は、据え置きゲーム機で発売されたビデオゲームで遊んでおったのじゃ。 その中でも人気を博したシリーズに「女神転生」という、各国神話の神々や悪魔、妖怪たちを仲間にしていくゲームがあってな…神話の知識はそのゲームで覚えた、という若者も多かったのじゃよ…。 という昔話はさておいて、神話に出て…
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エジプトさん、新たな伝統として「古代エジプト様式」を編みだす。なんだこれは(白目

少し前に流れていた、スフィンクス参道の修復が完了したというニュース。 https://55096962.at.webry.info/202111/article_17.html 再オープンを記念する式典がカルナック神殿前で行われたのだが、なんというか…まあ…うん https://www.nbcnews.com/news/w…
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古代エジプトの浮き彫り絵師事情;壁画のお仕事はOJTで!

OJTとは、オン・ザ・ジョブ・トレーニングという、要するに最低限の知識のみで一人前になってない人を現場に放り込んで実戦で育成するという、世の中一般に広く行われている新人教育の手法である。 ブラック企業の手法のように言われることもあるが、ぶっちゃけ、大抵の仕事では最低限の知識が身についていればそこから立ち上がることは難しくないので、最初…
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エジプトさん「我が国は気候変動のために対処している(ドヤァ」

最近流行りの気候変動の話。SDGsとかもやたら騒いでる界隈はいますね。 まぁコメントは差し控えますが私は現実主義者なので、ビジネス上のタテマエはありつつ本音は「非現実的な選択肢に意味はないので、面倒な連中は付き合ってるフリしながら適当にいなして、着実なほうにしか投資したいですねー(にこっ」て感じです。 さて諸外国から投資と観光客…
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現代人、ちょっと考え甘いよね。古代人が家畜の乳を利用しなかったのは、病気になるからという可能性も

古代人が家畜の乳をいつから利用し始めたか、という話で、乳糖不耐(乳を飲むとおなかを壊す体質)の有無だけで語ろうとしているドキュメントが多くて、う、うーん? という感じになってしまう中の人ですよ。 前段としては以下の記事を参照。 「大人は牛乳を消化出来ずにお腹を壊す」の誤解と、古代人のミルク摂取事情 https://5509…
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修復していたルクソールのスフィンクス参道、再オープン日程が決まる。

修復していた、カルナック神殿前のスフィンクス参道が再開されるそうなのですよ。 スフィンクス参道っていうのは、カルナック神殿の写真探すとだいたい最初に出てくる、羊頭のスフィンクスがズラーっと並んでるあそこ。 Egypt to reopen Luxor’s ancient Avenue of the Sphinxes on …
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古代エジプトの数字表記は人口調査のために導入されたものだった、という件。

"古代エジプトで最初に人口調査が行われた記録があるは紀元前3,000年くらいで、中国と同じくらい古い" という記述を見つけて、中国はともかくエジプトってそのくらいだったっけな? とフト気になったので調べてみた。 結論から言うと、正確には紀元前2,8000年こごろのデン王(第一王朝)からスタート。 しかも、古代エジプト語で数字の…
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情報量が…情報量が多い…! ヘリオポリスの太陽神殿跡の発掘で出てくる各時代のファラオたち

ヘリオポリスとは、ギリシャ神話の太陽の神ヘリオスの名にちなんで名前のつけられた町。太陽神ラーを祀っていたことからギリシャ人がそう呼んだ。 現代の首都カイロでは、この地名をもつ場所は国際飛行場のあたりなのだが、実はそこはただの高級住宅街で古代のヘリオポリスと範囲が微妙に違っている。実際に古代の都と太陽神の神殿があったのは、もうちょっと北…
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砂漠に町を作るには水が必要。どこから持ってきているんだろう、とちょっと調べてみたのだが

エジプトさん、首都移転は12月に開始とのことだが、ナイル川から離れたところに町が作れるのは現代ならではである。 何しろ人間は水がないと生きていけない。エジプトは雨がぜんぜんふらない国なので、飲料水は川に頼るしかないのである。 エジプトさん、首都移転を開始。遷都はロマン…! https://55096962.at.webry.i…
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