古代エジプト人は「サフラン染め」の布をミイラに使ったか。/古代エジプトの「古代」の範囲が違う&訳語の変化に追いつけて無い可能性

サフランは、秋咲きクロッカスの雌しべ部分を使用した香辛料/染料のことだ。一本の花からとれるのがわずか3本と少なく、世界で最も高級なスパイスの一種と言われている。
そのサフラン、ペルシャ人が大好きで、今でも中東地域の色んなお菓子に使われている。またアラブ人が征服しにいったスペインにもサフラン料理は残されており、パエリアにサフランを入れるレシピは中の人も作ったことがある。

…と、いうような前提のもと、スパイスの歴史の本を読んでいてフト疑問に思った部分があった。

「サフランは、古代エジプト人も利用していた」という部分だ。
しかも高貴な人のミイラを包むのに使っていた、というのだが…。

 そんなの 見たことないぞ

高貴なひとのミイラを包む布といえば、特徴的な赤い布はあるのだが、染めの一般的な成分は地元の花だ。
クロッカスはギリシャ原産でエジプトでは自生せず、そもそも育てられる気候でもないので、手に入れるとしたら輸入しかないが、そうまでしなければならないブームはエジプトには無かったはずだ。

古代エジプトのミイラづくりマニュアルが再構成される。紀元前1500年のミイラづくりに関わる文書の一端が明らかに
https://55096962.at.webry.info/202103/article_4.html

というわけでちょっと調べてみたのだが、もしかしてグレコ・ローマン時代のミイラのことを言ってるのでは…? という気がしてきた。
適当にサフランの栽培種としての歴史を調べてみると、以下のような話が出てくる。「サフランの起原はペルシア」と書いているサイトも多いが、それは栽培種のクロッカスからとれる香辛料としての起原のことを指していると思われる。

・サフランが世界に広まりだすのは紀元前1000年頃から(フェニキア商人による)
・古代のものは全て天然のクロッカスから採取している。栽培種はペルシアのどこかで開発された
・アレキサンダ―大王のペルシャ征服によって風習が東地中海世界に取り込まれる
・クレオパトラがサフラン染め衣装を着ていたという話がある
・ギリシャ人やローマ人はサフラン染めの布を好んだ

栽培種がギリシャ世界で珍重されるようになり、盛んに輸入されるか、栽培種が広まっていくようになるのは、アレキサンダーの東征以降。エジプトに入ってきたのもその流れと考えられる。
ていうか、地元で栽培しないもので、栽培種もまだ開発されていない時期だと、一般的に使うというのは物理的に無理なのだ…。


では何故、古代エジプトで「サフランが一般的に使われていた」と誤解されてるのか、と追いかけていくと、「医療パピルスに出てくるから」という理由を上げているサイトが見つかった。
どうせエーベルス・パピルスあたりだろうな…と思って探したらビンゴ。
エーベルス・パピルス294のレシピに記載されている「snwt.t(セネウテト)」という植物、確かにちょっと前までの本では「サフラン/クロッカス」と翻訳されているのだ。

だが、実はこの訳語、最近研究が進んで、正しくないとされるようになってきている。

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そもそもサフランとされた理由は何か→
レシピの該当箇所に「蓮のような花をつける」とあり、レシピ自体が婦人科のものなので、現代人が婦人科薬として使うサフランだろうと推定された

違うんじゃね?とされた理由は何か→
他資料もあわせてみると、「セネウテト」は「腹に生える」植物、と書かれているため、蔓性で何かにからみつくように生える植物と思われる。なのでクロッカスではない

現在、有力候補になっている植物→
キュウリ(Cucumis sativus L.)。
他にはまたはアサガオの一種とする説などもあるらしいが、いずれにしてもツルのある植物が推定されるのでクロッカスでないことだけは確か。

114_Cucumis_sativus_L.jpg


嘘…でしょ…? と思うかもしれないが、以下にレシピと議論のページあるので自分で見てみて欲しい。
実は古代エジプトの医療パピルスに出てくる植物や成分の名前は、特定されていないか、特定されても暫定のものが多いのだ。図と一緒に書いてくれてれば話は別だが、言葉だけ書かれても何の植物か分からん、というやつである。特定できるのは、スイレンやナツメヤシなど、図と一緒に描かれたり、開花の状況や食べ方などが具体的に記録されている一部だけ。

https://sae.saw-leipzig.de/de/dokumente/papyrus-ebers
https://sae.saw-leipzig.de/de/dokumente/veterinaer-papyrus#qAd.t-Pflanze

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なので、古代エジプトの医療パピルスにクロッカスが出てくるのでサフランが一般的だった、とするのは明確に誤り。
そもそも、このレシピは雌しべの部分を使ってるわけではないので、サフランがあったと拡大解釈してたのも違ってたんだと思うんだけど…。

まあそんな感じなので、もしエジプト人がサフラン染めやスパイスとしてのサフランを使ったとしたら、プトレマイオス朝以降の可能性が高いです。それ以前は、全然無かったとは言い切れないけど、一般的になることは無いはず。
もし他にソースがあるという場合はちょっと教えて欲しい。エーベルス・パピルスのケースのように、その後の研究で訳語が変わってないかは調べる必要があるので。