ダチョウの卵の殻ビーズから考える古代アフリカ人類の「文化交流」ルートとは

現世人類の起源は東アフリカで、20万年ほど前だろうと言われている。
そこから人がどう広まっていったのかについて、現在は定説がガンガン書き換わっている状態ではあるのだが、少なくとも、早い段階でアフリカの南端や北西部に移動した人たちはいたらしい、ということが分かってきている。

ただ、人の移動を追う方法が難しい。
人骨はなかなか出てこないし、もし人骨が見つかって遺伝情報から分岐の年代が分かったとしても、それは血縁的な意味での分離であって、交流が途切れたことを意味するわけではない。

今回見かけた研究は、古代の交易品である「ダチョウの卵のカラで作ったビーズ」の様式や広まりから、DNAの分析では見えない、離れた場所にいる集団との「つながり」を明らかにできるのでは、という試みで分析がされている。

元論文
https://www.nature.com/articles/s41586-021-04227-2

対象は過去5万年の繋がりだ。
ダチョウの生息域は気候変動とともに若干変化するが、ビーズ作りの技術は東アフリカで発明されたものと考えられている。これが、ビーズの発見されている地域。大きさや穴の開け方が色々違うらしい。

Locations-of-sites-included-in-this-study-and-palaeoclimate-records-Base-map-modified.png

この研究によると、まず東アフリカで作られはじめたビーズ作りは、5万年~3万3千年前くらいに南アフリカに伝えられ、広まっていくようになる。その後、3万3千年前から1万9千年前あたりはおそらく気候変動によって東と南の交流がいったん途切れ、その後、再び再開されるようになるのだという。

これ、土器の様式で人の交流や集団分析してる研究は見かけたことがあるけど、ダチョウの殻のビーズでも同じこと出来るんだ…? みたいな感じ。
ただ、物流があるのなら、人の行き来や交流はたしかにあったと言えるので、面白い視点だなと思った。

なお、ダチョウの殻ビーズはその後も作られ続け、古代エジプトの遺跡だと先王朝時代のアスワンの墓から見つかっていたりする。
長らく作られ続けたのは、これが貨幣代わりとして使われていたからでは、とも言われている。もしそうなら、人類は5万年前には原始的な物々交換の概念を手に入れていたと言えるのかも。