原始キリスト教と同時代に分岐。歴史はあるけど知名度低い「マンダ教」について

日本語でマンダ教の資料探しても全然出てこないのである…。
Webだとこのへんとか。

謎の古代宗教「マンダ教」の教団をイラクで訪ねた
https://bunshun.jp/articles/-/12218

唯一載ってたのがこの本で、元々グノーシス主義の本なので一節だけ使って概要と神話の一部が書かれている程度。ただ、ある程度のことは判る。

グノーシスの神話 (講談社学術文庫) - 大貫隆, 大貫隆
グノーシスの神話 (講談社学術文庫) - 大貫隆, 大貫隆

なぜグノーシス主義の本に載ってるかというと、マンダ教の基本的な宗教概念がグノーシス主義に通じるからである。
グノーシス主義の根幹をなすものは「本来の人間=最高の創造神」であり、本来は光の世界に属する至高の存在である人間の「魂」が、汚れた現世に転落した姿が今生きている我々である、というような概念である。人間は死後、本来の姿に戻り、宇宙の外に在る真実の世界へ戻らねばならない。ある意味で、究極の人間中心主義とでも言うべきだろうか。

マンダ教の神話によると、魂は「光」の国に属するが、肉体は「闇」の世界に属するものであるという。
いわば肉体は魂の牢獄のように解釈されている。
独特なのは、真なる世界の「光」は地上では「流水」となって流れている、という思想で、彼らが毎週のように川の流れに水を浸して洗礼を行うのも、チグリス・ユーフラテス川の河畔に暮らすのも、その光とともに在るためだという。

彼らは「洗礼者ヨハネの弟子」を名乗り、水盤などで行うキリスト教の洗礼を「流れていない切り取られた水で行う、恥の洗礼」とみなす。
自分たちこそ唯一の一神教の使徒である、と自称するため、ユダヤ教やキリスト教徒からは白い目で見られていたらしい。神話の中に後世の付け足しと思われる部分も多かったことから、長らく、その起源についてはそれほど古くないのでは、とされてきたとか。

しかし最近の主流説では、実際に、マンダ教の発祥母体はキリスト教と同じく、パレスティナのユダヤ教改革運動であることが確実視されている。いわば、キリスト教と同時に、別の方向に向かって発展した「メジャーにならなかった新たな一神教の一派」であったわけだ。神話の中に取り入れられたアダムとイブの物語などはユダヤ教から引き継いだもの、ともされる。

詳しい神話は最初に紹介した本にある程度載っているので実際に読んだほうが早いが、「流水」にこだわる部分を除けば、近隣各地域の神話をこれでもかと取り込んだハイブリッドのようになっている。「七人」=太陽系の惑星、「十二人」=黄道十二宮、などアッシリアやバビロニアの神話的な要素があるかと思えば、来世観や死後の審判についての部分はキリスト教に通ずる。ペルシャやアラブ支配時代に付け加えられただろう王たちに対する悪政への警告もあれば、「世界の創造から四万と○千年後…」のような、仏教的な時間軸も入っていたりする。

それもまた、故郷ヨルダン渓谷を後に、メソポタミアまで辿り着いた後の長い時間を示す証拠になるのかもしれない。



とにかく資料があんまり出てこなくて、かなりマイナーな宗教なのは間違いない。
ただ、現在も彼らは川のほとりに暮らしている。
グノーシス主義がいつしか消えてしまったように、彼らの宗教は世界宗教にならなかった。けれど、推定二千年もの間、信仰を失わずに継続できたことは注目に値すると思うのだ。