マヤの二十進数の起源が紀元前1400年まで遡る可能性が示唆される。

マヤ世界では、手足の指ぜんぶ使って数を数える二十進数が基本となっていた。暦も20日が基本で、20×13=260日の短期周期(ツォルキン暦)や、長期周期のハアブ暦が有名。
その二十進数の起源が、紀元前1400年のオルメカまで遡る可能性が出てきたという。
根拠は遺跡の形だそうな。

なんのこっちゃ、という話だが、写真を見ると分かる。

Hidden Maya complexes hint that the famous calendar was already in use 3,400 years ago
https://www.livescience.com/maya-olmec-city-plan.html

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左がSan Lorenzo遺跡(紀元前1,400年~1,150年)、オルメカの遺跡
右が Aguada Fénix遺跡(紀元前1,000年~800年)、マヤの遺跡

形がよく似ていて、二十の角があることがわかる。
オルメカ文明はその後のメソアメリカの各文明の母胎となっていく文明で、マヤ文明もオルメカから色んなものを引き継いでいる。二十進数もその一つだったのでは、というのが今回の話である。

この遺跡は太陽が天頂を通過する日をカウントするための施設だった可能性があるそうで、もしそうだとすると、既に「二十日=暦の最小単位」という概念が成立していたかもしれない。つまりこの遺跡が、最古の立体カレンダーになるかもしれない。という。
もしカレンダーまで行かなくても、少なくとも二十進数の概念自体は、今まで考えられていたよりはるかに古い時代に成立していたものなのかもしれない。


この遺跡の発見には、いつものおなじみライダー技術が使われている。
最近、中米ではこの技術を用いた遺跡の発見が相次いでいるので、なかなかにホットなジャンルになりつつある。密林に埋もれて崩れたピラミッドや、地表には見えない知られざる都市が次々と蘇り、資料が書き換わっている。なんか、一昔前の本とかもう全然使えないんである…。


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ところで、マヤ文明の栄えたあたりの中米は二十進数が基本だが、インカの栄えたアンデスあたりでは十進数が基本である。
両者の文化圏は実は一部被っているので、この数学の基本の境界線がどの辺にあるのかは昔からちょっと気になっている。
栄えた時代が若干ズレているので、被ってる地域の知識はあとから十進数で上書きされたんじゃないかと予想しているのだが、実際はどうなんだろうか…。