ペルシア勢は本屋に急げー。今なら二種類読み比べが出来るぞっ。

新刊コーナーにペルシアの文字が見えたので、おっ、と思って手にとってみた。

「史上初の世界帝国」のサブタイトルに、ん、世界帝国の初はアッシリアが挙げられることが多いのにな? と思いながら開いたら、まんま初っ端の「はじめに」が「世界初はアッシリア派とペルシア派が半々だが、大陸またいで支配していたペルシアのほうがふさわしい」とか書かれていたので、ちょっと笑ってしまった。
やっぱ、この辺りの歴史マニアは最初にそこに食いつくよね。

アケメネス朝ペルシア- 史上初の世界帝国 (中公新書, 2661) - 阿部 拓児
アケメネス朝ペルシア- 史上初の世界帝国 (中公新書, 2661) - 阿部 拓児

ちなみに、最近出たペルシア関連の本では、以下もある。
前者がギリシャ語表記なのに対し、こちらはペルシア語表記にこだわっているため、「アケメネス朝」が「ハカーマニシュ朝」になっているなど、固有名詞にかなりの差異がある。また、メイン史料も当然の如く同じなのだが、解釈や、どこを採用するかがかなり違っており面白い。

ペルシア帝国 (講談社現代新書) - 青木 健
ペルシア帝国 (講談社現代新書) - 青木 健

「歴史とは全て誰かのフィルタを通して処理された結果である」と常々意識するようにしているが、この二冊を読み比べるだけでも、同じ入力結果に対し、それぞれの著者を通した出力結果が異なる、という点をはっきり見て取れると思う。

一つ大きな差異だなと思ったのは、メディア王国に対する受け取り方だと思う。
前者の本では「ギリシャ人の記録ではメディア王国はやたら持ち上げられているけど、実態ははそこまで洗練された王国じゃなかったはず」としていて、後者の本ではギリシャ人の記録に従って「ペルシア帝国の前身はメディアを宗主国としていたはず」と捉えている。

残念ながら(?)エジプトに攻め込んでくるあたりの記述はほぼ一緒だし、カンビュセスに対する後世の評価のブレをどう読み取るかについてのスタンスも似通っているなと思ったが、ここはよく研究されているジャンルだから人による違いは少ないのかもしれない。
一昔前はマイナー気味で、なかなか通史を読みづらかったペルシア本が立て続けに出るのは、何か流行り廃りがあるのかもしれない。

というか「アケメネス朝ペルシア」のほうは、著者がコロナ禍で外国に出られない暇を利用して書いたらしいので、研究者が海外調査に行けないお陰でこうして面白い本を読めているのかもしれない。だとすればコロナ様様である。こちとらアウトドアでもインドアでも楽しむ手段はあるんだ。もっと本(と読む時間)ください。


ペルシアは、帝国としての歴史が短く、わず220年、と紹介されている。
オスマンの500年、ビザンツの1000年と比べれば確かにとても短い。しかし、その原因はペルシアの性格云々というより、立地条件じゃないかと思うんだ。なにしろ平地だから…敵が四方からくるから。ヒッタイト帝国やミタンニが早々に勢力を失ったのと同じ理由だと思うんだ。ちょっと勢力が衰えるだけで防衛しきれない、っていう。

オスマンもビザンツも、勢力が衰えると領地が縮小して、防衛しやすいところだけ残っている。ペルシアも、早い段階でイラン高原に引っ込めば延命は出来たかもしれないと思うんだよね。さすがにバビロニアやペルセポリスは防衛しづらい。
エジプトくらい防衛線が短ければなあ。