古代エジプトは地理的に防衛がわりとeasyだという話。

某文明を作るゲーで、ちょっと栄えてきたらすーぐ蛮族攻めてくる! 文化投資に回す金がねぇ! ってキレてる時に気が付きました。

…周囲が平野だと、街を広げやすいけど防衛不利だな?
いや、当たり前なんだけど、都市の背後が崖とか、目の前に川があるとかいう地理って、実は天然の防御壁みたいなもんだから、防衛費がケチれるんだな??

ていうか、古代エジプトがまさに、防衛費あんまり使わずに文化投資しやすい地理なんだな??


というわけで、気がついたことをちょっとメモしておきたい。


●前提―以前の研究

かつて、古代エジプトは「都市なき文明」と言われていたことがあった。
城壁で囲まれた街がなく、「都市」の定義に当てはまらないのでは、とされたことも理由の一つである。
しかし実際には多くの人口を抱え、行政の中心となる設備をそなえるほど、十分に都市と呼べる条件を満たしている大都市が幾つも存在していた。

また、五十年以上前の本だと、エジプトは周囲を砂漠に囲まれていて「孤立した文明」という考え方もあったが、他文明とのやり取りの形跡や影響を受けた/与えた証拠、人の移動に関する研究なども進み、孤立していたわけではないという考え方が主流になってきている。


●その後の研究

しかし、隣のメソポアミアやパレスチナ周辺など、城壁を備え、常に外的から身を守ることを考えていないといけない文化圏に比べると、エジプトの諸都市は比較的、無防備に近い状態だった。特に新王国時代の首都ルクソールなどは、防衛機構が全然無い。前線基地ははるか北や南にしかない。
城壁を持つ街は国境付近に限られるなど、古代エジプトの街は、国内に攻め込まれる/内乱で都市が戦場になることは、あまり想定していない作りになっている。


●今回の話

じゃあ、エジプトの国土で防衛が必要な場所はどこなの?? という話である。
少人数で襲ってくる砂漠の盗賊とかでもなければ、大群が侵入出来るルートはだいたいこのくらい。国土が縦長なわりに、北と南しか防衛しなくてOKなんである。真ん中あたりはナイル川を遡るか、下るかしないと侵入出来ないので…。(途中に水場が無い、砂漠から岩山越えするしかない、など)

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北の地中海に面した地域の防衛が重要になってくるのは、ギリシャ人が海を超えてやってくる末期王朝あたりから。沿岸に都市が出来るのはプトレマイオス朝から。

それ以前だと、海沿いは小さな漁村くらいしかなく、海沿いは沼地が広がっているだけのはずなので、海から攻めてきた軍隊はそのままナイル川を遡るしかない。そうすると、海戦用の船よりは、川で足場として使える船を用意しておくとか、主要な川の支流の両側に防衛用の砦を作っておけばいいだけになる。基本は歩兵で戦う。コストも安いし楽。

東からの街道越えルートは何度も異民族が侵入してきたルートなので防衛大事。

西からのオアシス越えルートはそれほど大人数が入って来られないが、略奪者などの侵入には警戒する必要があったと思う。

南からのルートはヌビア人など南の部族の侵入を警戒する必要のある場所だが、途中にナイルの急湍があり、船で直接川を下ることが出来ず、いったん陸路で迂回する必要があるルートなので、沿岸部の警備と同じくピンポイントでそのルートを警備しておけば侵入は防げる。


というわけで、防衛線が限られている上に、戦車で一気に大軍が攻め込んでくるようなルートは東の街道沿いだけなので、防衛側からすればとてもeasy。もともと防衛にかけるコストが低くて済むから文化投資――お墓の装飾にこだわったり、手のこんだ芸術品を生み出したりする余裕も作れた。

そして、古代エジプトが攻め落とされていた時期は、よっぽど政治的にヤバかったが、相手が強すぎたということなのだ。(南から侵入したヌビアや、東から侵入したアッシリアやペルシア。ローマに対する敗北は、政治的にヤバかったのもあるが、エジプト自ら防衛線を東地中海全般に引き伸ばしたのがマズかったと思う)


これをヒッタイトやバビロニアで見てみると…。うん。四方に敵がいて、どっちからでも攻め込めるので、そりゃ都市を城壁で囲む以外に何も出来ないんですよ。戦車が戦闘に使われるようになる時代なんか、あっという間に敵が攻めてきちゃうからね。都市に兵力を常備しておかないと、近隣から呼び集めるのも間に合わない。



まあなんか、こう、「都市のロケーションって住みやすさ以外に防衛しやすさも大事だよなぁ」って、初心にかえって気分。当たり前なんだけど京より鎌倉のほうが守りやすいわ。


まあ、あと、現代エジプトで投げやりな州区切りを設定されてる地域は、古代も今も「ほぼ人がいない」。
分かりやすいくらい適当に州区切り作られてるとこがあるので地図を見てください…。現代はジープとかあるのでたまにテロリストが道のないとこ無理やり越えてくるらしいですが。徒歩かロバで頑張るしかなかった古代には、ここはまともに行軍するのが困難な地域で、天然の防壁みたいなもんだったってことですね。

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