テオティワカンと捧げられた花 古典期マヤの供物事情

メキシコにあるテオティワカンの遺跡のピラミッドの中から花束が見つかったという。面白い発見だなと思ったのでちょっとメモしておこうと思う。

2,000-year-old flower offerings found under Teotihuacan pyramid in Mexico
https://www.livescience.com/flowers-bouquet-ancient-mexico-pyramid.html

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だいたい2000年前、ということは時代的に古典期マヤになるかと思う。
テオティワカンの支配者層が、周辺のマヤ低地の諸都市に強い影響を及ぼしていたとされるあたり。マヤとかアステカとか中米文明は、人間などの生々しい生贄のイメージが強いが、花束のような普通の(?)供物もたくさん使っていたのだということ。

ただ、どうもお花を飾るとかいう感じではなく、花束を火にくべて燃やしていたっぽく、「あ、そこは生贄的な感覚なんだ…?」という感じ。

この発見の持つ意味を探るためにオススメの本が、こちらだ。
まさにテオティワカンで、過去に発見されていた「花咲く木」、タモアンチャンについての説明が出てくる。

アステカ王国の生贄の祭祀: 血・花・笑・戦 (刀水歴史全書) - 岩崎 賢
アステカ王国の生贄の祭祀: 血・花・笑・戦 (刀水歴史全書) - 岩崎 賢

「花」はメソアメリカの人々にとって生命力の象徴であり、生命力とは「笑い」や「歓喜」でもあったという。
花を意味するショチトルというナワトル語に「する」という意味を付け足したショチティアという言葉には、「笑わせる」という意味があるという。

生贄に捧げるのが若く健康的な者である理由は、それが人間にとって大切なものであり、生命力を体現するものだから。
だとすれば、花が捧げられた意味も同じで、それが世界や神に生命力を与えるものだったからだ。人間が見て楽しむためではなく、あくまで捧げるものであるとすれば、花束を燃やしてしまうのは理にかなっている。

そんなことを思いながら、この発見についての話を読んでいた。


かつてテオティワカンの祭壇では、祭りのたびに沢山の美しい花々が飾られ、その花が天に捧げられるという儀式が行われていたのかもしれない。それはきっと、切なくも美しい光景だっただろう。